第1章

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 「ヘンだっていってるのよ。なんかたくらんでるんじゃないの」  ひぐっちゃんはサングラスをずらせて、あたしを見た。  「お前、ひねくれた子どもだな、誰に似た」  「おかあさんじゃないよ。チチカタノチじゃないの?」  なんだかんだいいながら、病院の向かいの薬局までいっしょに行った。  「吸入方法はわかりますか?」  薬局の奥さんはにっこりほほえんだ。  「いやあ、初めてなんですう」  ひぐっちゃんはサングラスをはずして、ねこなで声を出した。  サングラスはずしたって、目つきが悪いんだからよけいこわいと、後ろのベンチで待っているあたしは思った。  奥さんは薬の吸入器の見本をとりだした。  「こんなふうに軽くお口から離して……」  「ええ、ええ」  あたしは、さっきもらったおまけのノドあめを口にほうりこんだ。  やれやれ、あいかわらず守備はん囲の広いことで。うちの校長先生と、そう変わりない年だと思うよ。  ひぐっちゃんっていっつもこう。幼稚園児からおばあちゃんまで、会う女の人全員にいい顔をしたがる。  「ご親切にどうもありがとう」  「いいえ、喘息とは、根気よく付き合っていかないといけませんからね」  ひぐっちゃんはカウンターにもたれかかって、奥さんの顔を見つめた。  「あなたみたいにきれいな人に月に一度会えるなら、喘息も悪くないなあ」  背中がぞっと冷たくなった。  おいおい、こんなこと現実にいうやついるのかよ。  ところが、奥さんはぱっと鼻もほっぺも赤くなった。あわてたように薬を袋につめる。  その姿をひぐっちゃんはじっと見ている。  奥さんは二度も手をすべらせて、一度は薬をゆかに落っことした。まっ赤な顔でわらいながら、やっとふくろにつめた。  「はい、今日は五千四百円です」  「え?」  今度は、ひぐっちゃんの顔色が変わった。赤じゃなくて、青。カウンターに手をつく。  「五千四百円です」  奥さんはわらったままくり返した。  あたしは半分まぶたを下げた。  このところだれかに似て目つきが悪くなってきたような気がするけど、それは置いといて、今、なにがどうしたのか、すぐにわかっちゃった。  ひぐっちゃんが、「たすけて」の目になって、こっちを向いた。  あたしは下を向いてため息をつき、ちょいちょいと手のひらでよんだ。奥さんに聞こえないように、耳もとでひそひそいう。
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