第1章

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 「いっとくけど、あたしお金持ってないから」  「マジすか?」  まゆ毛が情けなくゆがんだ。  「だって、学校帰りだもん。この前、多摩川さんに借りたお金は?」  ひぐっちゃんはぱっと体を起こした。  「そうだ」  コートのうちポケットから茶色の封筒をとりだした。  あたしはぽかっと口を開けた。  封筒の中に、お札がびっしりつまってたんだ。  ひぐっちゃんはじっと中身を見てたけど、そのまま、ポケットにしまっちゃった。  「こら、なにそのお金」  「し」  ひぐっちゃんは人差し指を立てて口にあてた。  奥さんのところにもどると、頭をかいた。  「今、持ち合わせがないんです。とっといてくれます?」  よくわからない、という顔の奥さんを残して店を出た。  「二つほどつっこんでよろしいですか?」  あたしはVサインを作って、ひぐっちゃんにつきつけた。  「なんですか?」  ひぐっちゃんはふところをおさえて、明らかなぼうぎょ体勢に入った。  「お金あるのに、なんで薬を買わなかったの?」  「もう一つは?」  「そのお金、どうしたの?」  ひぐっちゃんはあごに手をやって、考えているふうだった。  「うーん、まず最初の質問。よく考えろ。五千四百円あったら、寿司何皿喰える? 俺、考えてみたら、一年くらい寿司喰ってないよ。寿司喰ったほうが体は喜ぶのではないか」  「……お正月におばあちゃんちで出前とったじゃない。つまり、お金を使うのがおしくなったと」  あたしは、ランドセルのバンドの位置を直した。これをせおうのはあと一年もない。さすがにきつきつだ。  「そうだっけ?」  ひぐっちゃんはコートのポケットをがさがさ探った。  出したものを見て、あたしはさけんだ。  「ちょっと! ひぐっちゃんぜんそくなんでしょ?」  おっさんは口をゆがめて、したうちをした。  「ちぃ、薬局で病名を盗み聞きかよ。プライバシーがないな」  そのままくわえたので、ジャンプして口からひったくった。  「薬買わないで、その上タバコ? ばかじゃないの?」  ひぐっちゃんはタバコをうばい返した。  「そのセリフ、女に言われるの今日二度目。俺も大したもんだ」  「おばあちゃんにいいつけるよ」  うでを広げ、足をふんばったあたしに、  「チクリ魔、スパイ、こうもり、えーっと……忍者」  せい一杯悪口をいってるつもりだ。しかしあまりにもボキャブラリーが少ない。
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