第1章

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 この前発表会で三年生がやった「キツネのよめ入り」のお面みたい。  ひぐっちゃんはあごをちょっと上げた。なんでもないふりをしているけど、うっすら汗かいている。  あたしはコートの後ろから、そっと顔を出した。  「今日は、どのようなものを?」  髪をぴったりまとめた店員さんは、きらりおでこを光らせた。  うすよごれたコートのあやしい男と、ランドセルをしょった、これまたうすよごれた子どもが入れるほど、この店のエレガント度は低くないわよ、とでもいいたそうだった。  「あー」  ひぐっちゃんはこぶしを手にあてて、目をきょろきょろさせた。  「指輪を……」  「指輪?」  「はい……」  ぽりぽりさかんにほっぺたをかいている。  「ご婚約ですか?」  店員さんの顔は、少しほぐれてきたようだった。  「いや、まだそこまでは……」  ひぐっちゃんは鼻もほっぺも真っ赤になってしまった。  あたしは口を開けて、その顔を見た。えんぎなのだろうか、本気なんだろうか。  店員さんは、えんぎだなんて思わなかったらしい。にっこりうなずいた。  「ええ、すぐにお待ちします。相手の方のサイズはご存知ですか?」  かぎをかちゃかちゃいわせて、ショーケースを開いた。  「サイズって? 24.5とか?」  また「たすけて」の顔で、あたしを見下ろす。  「くつかよ」  すかさずつっこむ。  「たしか、指輪は何号とかいうんだよ。十一号とか、十三号とか」  「お嬢様、よくご存知ですね。あとでお直しもできますけど」  ビロード台に、きらきら指輪がいくつも置かれた。  うすよごれたおじょう様は思わず、息を吸いこんだ。  「うわ、きれい」  ひぐっちゃんはダイヤのきらめきよりも、ひもでくっついている小さな値札のほうに気をとられてる。さっきまで赤かった顔がまたもや、さーっと青くなった。  「ちなみに、うちのおかあさんは十一号だよん」  ひぐっちゃんのまゆ毛が、けわしくなった。  「なんだか、俺、形而上学的な命題をつきつけられたような気がする」  「はあ?」  あたしと店員さんが、いっしょに聞き返した。  その間も、ひとりごとのようにぶつぶつつぶやいている。
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