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「だって、なんの生産も行わないただの装飾に、これだけの金額が費やされているのだよね、全国、全世界の規模で……これを寿司に換算してみろ……とてもじゃねえが、喰いきれねえ、完全に経験的現象を超えている」
ようするに予算オーバーしすぎて、頭が軽くクラッシュしているのだ。
あたしはため息をついた。コートをおしのけて、ぐいと前に出た。
「あの、もっとカジュアルなデザインのありますか?」
「え、ええ。もちろん」
店員さんは急いで、例の「給料の三か月分」ってやつをしまった。代わりに、石のついていない、細い金やプラチナのシンプルなデザインを出してきた。
「おーい、もどって来い。五ケタだぞ」
あたしは、向こうの川岸によびかけた。
「もう一声」
それでもひぐっちゃんはめいわくだなあという顔で、指輪を見てる。めんどくさそうに店員さんに聞いた。
「あのさ、女の人って、わかるものなの? こういうの日頃身につけている人ってのは」
「は?」
店員さんが首をかしげる。照明がなくても顔も指も真っ白で、モデルさんみたいにきれいな人だ。ダイヤのピアスがかちりと光った。
ひぐっちゃんは、金の指輪をつっついてすぐに指をもどした。よっぽど熱かったみたい。
「だからさ、俺から見たらこんなの銅線で作ったってわかんないよ」
あたしはぱちっと、自分のおでこを手のひらで打った。なにいっているんだ、この男は。
「ええ、わかりますよ」
気を悪くするふうもなく、店員さんは自信たっぷりで答えた。
「特にゴールドは身につければすぐにわかります。ほかの金属とは重さが違いますし、いつまでもくすむことがない。これは完全に経験的現象です」
ひぐっちゃんの手をとって、細い金の指輪を小指にひっかけた。
「へえ」
ひぐっちゃんは、ようやく店員さんを自分と同じ人間だと認めたみたい。
「貴金属というのは、おっしゃるとおり、なんの生産も行わないように見えます。でも、これは有史からはぐくまれた確実な、人類の約束なんです。古代中国でだって、中世ヨーロッパでだって、金は通用するでしょう? これってすごいことだと思いませんか? 電気やガソリンのない国や時代で、コンピュータや自動車がその価値を発揮するかしら?」
店員さんはあやしくほほえんで、ひっかけた指輪をさらりとなでた。
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