第1章

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 「貴金属を人に贈るとは、そういうことです。時に流されることのない、崇高な約束を贈ることなんです。だからこそ意味も価値もある。お客様は大切な方に贈られるのでしょう?」  「んあ……まあ、ね」  なんだかごまかすみたいに、ひぐっちゃんは目をそらした。そっと金の指輪をつまんで、天井のダウンライトにすかした。  「約束を贈る、か。うまいこと丸めこまれたなあ」  宝石店を出て、あたしはそっと横を見た。  小さなビロードの小箱をコートのポケットにつっこんで、ひぐっちゃんはいつもと変わらなく見えた。  「ねえ、」  いいかけて、口を閉じた。  質問は口の中までふくらんでいるけど、やっぱ外に出せない。聞いちゃうと、取り返しがつかない気がした。  歩きながら、色々想像しちゃう。やっぱ指輪をあげるときって、男の人はひざまずいたりするんだろうか。  あたしはさっきから、ため息ばっかついてる。  知らない女の人の前にひざまずいているひぐっちゃんなんか、想像したくない。したくないのにしてしまう。それから、結婚式をして、子どもができて……そこらへんのよそのおとうさんみたいになっちゃうの?  ぶんぶん、首をふったとたん、頭をぐわっとつかまれた。  「ノミでもいるのか?」  ひぐっちゃんは、ぐいとあたしの顔をつかんで上げた。口のはしがにっと上がった。  「おつかいは済んだから、寿司、喰いにいこうぜ」  ビールのジョッキをあっという間に空っぽにして、幸せそうに息をはいた。  「はあー、これだな」  買い物はずいぶんイヤだったみたい。  「好きなだけ、注文しなさい」  えらそうにいいながら、コンビーフぐんかんとサーモンあぶりやきの皿を見つけて、ひろいあげる。  こういうネタがあるから、一皿100円(税抜)の回転寿司だってすぐにわかる。  「おっと、一貫握り、注文しちゃおうかなあ……いやいや、もったいないかも」  メニューを見ながら、はげしく検討している。  「やっぱ、貴金属より寿司だよな。俺が女だったら、指輪くれるよりも、いつでも寿司おごってくれる男のがいい。みずきもそう思うべ?」  あたしはさっきから、お茶ばかり飲んでいた。食べながら立て続けにしゃべるひぐっちゃん、なんかイラっとくる。  「じゃあなんで、指輪なんて買ったの?」  思わず質問をぶつけていた。  ひぐっちゃんは、ぽかんとした顔でおはしを止めた。
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