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あたしはすっかり、やさぐれた気分でテーブルにひじをついた。
店を出たときには、おなかとこうかいの両方が重たかった。
外はまだまだ明るい。あたしは自分のおでこを、ぺんとたたいた。
「忘れてた」
ひぐっちゃんがふりむく。見えない血は、どうにか止まったようだ。
「ん? ああ、お礼なんかいいよ、みずきさんにはいつもお世話になってるもん」
やさぐれ気分がだいぶ残っていたあたしは、ななめにひぐっちゃんを見上げる。なんかもっと、いじわるしたい気分。
そうだ、こいつをぺしゃんこにする秘密兵器があった。
「違うよ、今晩、レストランでお食事なの。七時に多摩川さんと待ち合わせなの。回転寿司で、おなかいっぱいにしたとかいったら、おかあさんいかりくるうよ、きっと」
そこからとんとんと、ジョギングの足ぶみを始めた。よし、あと三時間あるから、カロリーをできるだけしょうひするのだ。
ひぐっちゃんは、ずれてもいないサングラスを指でおし上げた。声が別人みたいに低かった。
「そういうことは、喰う前に言え」
足をももまで高く上げるのを心がけて、ぴょんぴょんはねながら聞いた。
「いっしょに行く? なんかホテルのフランス料理みたいよ。多摩川さんよろこぶんじゃない? なかよしなんでしょ」
「ばかやろ」
ひぐっちゃんはコートのポケットに手をつっこんで、ねこ背で歩きだした。
はねながら追いつく。
「おこった?」
「ああ?」
聞き返したのと同時に、にぶい音がひびいた。
ひぐっちゃんは、電柱に真正面からぶつかっていた。
「だいじょぶ?」
電柱をだいて、初めてあたしに気がついたみたいに首を回した。おでこから鼻筋までが、赤くなりはじめている。
あたしは少しはなれて、ひぐっちゃんが自分で歩きだすのを待った。
二人とも、だまったまま駅まで歩いた。
とんとん、がちゃがちゃ、あたしとランドセルのとびはねる音がひびく。
ひぐっちゃんは歩きながら、サングラスをつけたりはずしたり、空にすかして見たりした。
人の出入りがだいぶ多くなった。もうすぐ駅だ。
駅の階段の前まで来ると、ひぐっちゃんは止まった。
えらそうな大人の声でいった。
「おい、小学生。真っ直ぐ帰れよ。鏡子さんが帰ってきて、いなかったら心配する」
「あいよ」
あたしはとびはねながら、手をふった。
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