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拳を握る。皮膚が再生しきれなかった肉色の手のひらは、少し爪を立てれば簡単に切れる。だが、自傷した手よりも痛むのは、胸であり、喉である。ベッキーの前でなければ、8年経った今でも涙は頬を伝う。
平生を装って、マルコは尋ねた。
「ベッキー。先に聞いておきたい」
「なに?」
「アムリタは何故懺悔したいと言い出したんだ?」
後悔するAIなど聞いたことがない。
なぜならAIは、ユーザーのフィードバックを氷のように冷たく受け入れるだけだからだ。
ユーザーが反応する。AIの回答に喜んだのか。悲しんだのか。困ったのか。怒ったのか。AIはユーザーの反応を分析する。だが、ユーザーのように反応はしない。沈黙するだけだ。ぶつけられた感情はあくまで「次回の質問にうまく応えるためのデータ」でしかない。
「「うるせえクソが」と言われたって、「質問してください」って続けるだろ?…機械には、心がないから」
違うか?とマルコは目で尋ねる。ベッキーが三日間ぶっ続けで喋っても足りないような壮大なテーマを提起したつもりだったが、返事は恐ろしくあっさりしていた。
「わからないわ」
「君が開発したのに?」
「私一人の仕事じゃないもの」
真実だ。今日、巨大なシステムを作り上げるにはそれなりの人足が必要である。学習にしたって、ベッキーが一人でデータを投入したわけではないはずだ。
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