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俺はここが大嫌いだ。
第一、どいつもこいつも不気味な奴ばかりだし、特に自閉症は厄介で口もろくに聞けない上にやたらとヒステリックになりやがる。発作を起こす奴が多いのが監視員を雇う理由だったりするから仕方ないけど、結構疲れる。
渡り廊下を抜けて休憩所に行くと青い作業服を着た病人達はそれぞれ思い思いに休憩を満喫している。部屋の隅にうずくまる奴、微動だにせず外を見ている奴、状態の良い奴らはイスに座り談笑までしているのだ。その光景にげんなりしながらフロアにある自動販売機で冷たいコーヒーを買ってこの施設内で唯一喫煙場を設けている中庭へ向かう。
「たたちゃん、そんな引っ張らないで」
錆びたドアをくぐって外に出るとすぐに福澤先生の声が飛び込んできた。
何気なく声の出所を探るために視線を一周させたら庭のベンチの前に小柄な先生ともう一人やたら長身の男が背を向けて立っていた。福澤先生とはここの病人達のために市が雇った常時待機している免許を持った医師で、四十代の品の良い穏やかなおばさんだ。
俺が唯一嫌いじゃない、ここの人間。
「でも…せんせ……やだ……もぉ」
長身の男に腕を掴まれて福澤先生は困ったように笑っている。
「どうかしました?」
声をかけるまで俺に気づかなかったのか先生は「あ、矢口さん」と俺の名前を口にした。すると先生につられるように腕を掴んでいた長身の男も俺に振り向く。
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