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飾らずに 君のすべてと
──宛もなく走り続ける夜
届かない思いだけでペダルを押して
気持ちとは裏腹に 前へ、前へ。
心臓の鼓動が、いつにも増して大きく聞こえる。
閉じた携帯電話を片手に持つことだけは忘れずに、勢いで家を飛び出した私は自転車を漕いでいた。
週末の深夜は車通りも少なく、下り坂に出ると車道を駆け抜ける。強い向かい風が行く手を拒むように思える。
風が横を吹き抜ける音と古びたタイヤの擦れる音以外、周囲は無音だった。……いや、無音ではなく聞こえていなかっただけなのかもしれない。
──漕ぐことから意識を逸してしまうと、あの電話の声がまた聞こえてしまうから。
車窓からは何度かは見たことあったが、その湖に自転車で行くのは初めてだった。
ましてやこんな真夜中に、一人で。
ともかく目的地が欲しくて、思い付いたのがこの湖だった。
どのくらい漕ぎ続けたか分からないがここまで来ることだけを考え、ただひたすら自転車を漕いだ。
無心になりたかった。じゃないと、考えてしまうから。
──あの人のことを、考えてしまうから。
湖畔に通じる道の手前で、自転車を止めて歩き始めた。日中ずっと降り続いた雨が止んだばかりで、月明かりもない肌寒い夜だった。
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