古書店 夏木立《なつこだち》

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店長の夏海(なつみ)は目の前に座る綺麗な青年を見つめた。身長は170位で色白、生まれつきなのか少し茶色の髪はとても柔らかそうだ。長いまつげに縁取られた綺麗な二重瞼の瞳は明るい茶色で、形の整った鼻の下にはやや小ぶりで少しふっくらとした唇がある。 パッと見た感じは大人しそうだが、意外とハッキリと話すし、さっき見せた温かい笑顔は接客業に向いていそうだ。 夏海は履歴書を見ながらいくつか気になったことを質問してみることにした。 「元宮(もとみや)さんは美大を卒業して、なぜうちで働こうと思ったんですか?」 少しだけ好奇心をにじませて尋ねると、思いがけない答えが返ってきて夏海を驚かせた。 「美大を出たのは絵本作家になりたかったからなのですがなかなか難しく、4月から小さな出版社で働き始めました。けれど3日前に出社すると会社の入り口に1枚の張り紙がしてあり、そこには会社が倒産したと書かれているだけでした。社長は行方不明、働いた分の給料も支払われるか分からず、生きていくために新たな仕事を見つけなければならなくなったのです」 「ということは、元宮さんは就職してわずか2ヶ月で職を失ったと?」 「はい」 もっと取り乱してもいいようなすごい出来事なのに、波緒斗(はおと)はまるで他人事のように淡々と話した。 「事情は分かったけれど、どうしてアルバイトですか?普通なら正社員で新しい就職先を探すんじゃないですか?」 「そうですね。でもあの張り紙を見た時、僕の中で何かが変わりました。このお店は学生時代から度々訪れていてとても好きな場所で、働くなら給料や安定よりも好きな本に囲まれたここがいいと思ったんです」 にっこりと微笑んだ笑顔に目を奪われる。こんな事は32年間生きてきて初めてで夏海は少し戸惑っていた。
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