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少し考えた後、夏海は波緒斗を採用することにした。
『夏木立』というのは夏に青々と葉を茂らせた木立の事で、生命力みなぎる木々の日陰は人々にほっと息をつかせる場所だ。この古書店もそんな場所になれればという願いを込めて、夏海は『夏木立』と付けた。
先ほど見せた波緒斗の陽だまりのような笑顔は、人々を癒すのにピッタリじゃないか。
「元宮波緒斗さん、あなたを採用します」
「えっ、採用ですか?」
波緒斗はびっくりして目の前に座る夏海をまじまじと見つめた。
もっと色々聞かれるのを覚悟していたのと、この場ですぐ採用が決まるとは思っていなかったからだ。
学生時代にもいくつかアルバイトをしたが、そのどれもが後日返事しますと言うものだった。
さっきも言った通りこの店は何度も訪れていたので夏海の事は知っていた。まさか店長だとは思わなかったが……。
年齢は20代後半から30代前半。すらりとした体躯を持ち、容姿はモデルと言っても通用するくらい整っている。いつもふんわりとした笑顔を浮かべ、話し方も優しいので子供達や母親に大変人気がある。もちろん若い女性にも。
そんな夏海がにこりと笑って「これからよろしくね」と言って手を差し出してきた。
握手だ。
実は波緒斗は人と触れるのがあまり得意ではない。だから今まではピザの配達や、配送関係などのアルバイトを選んできた。
「よろしくお願いします」
なぜだろう………。ぎゅっと握った夏海の手は心地よく、いつもの緊張を全く感じさせなかった。
それどころか、夏海の温かい大きな手を離すのが少し寂しく思えた。
こうして波緒斗は大好きな『古書店 夏木立』で週5日働くことになった。
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