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12 人と違うからいいんだ
『息子の美術作品を見て将来に不安』
(50代・女性/秋田県)
高校生の息子が、美術の授業でレタリングをしました。
新聞から8つの漢字を選び、それを拡大して画用紙に写すのですが、チョイスした文字が、死・殺・霊・怨・亡・幽・惨・獄でした。
得意げに作品を見せてくれたとき、胸がゾワッとして、
「上手だね」
と言うべきところを、
「病気だね」
親として、言ってはいけない言葉が、ポロリと出てしまいました。
推理小説やホラーが好きなのはわかっています。
その影響もあるかとは思いますが、なぜあえて、無気味で、恐ろしい文字ばかりを選んだのか。心の奥底に、闇を抱えているのではないか。
息子の将来が、とてつもなく不安です。
確かに不安だな。
黒いフードをかぶって、足元を見つめながら、とぼとぼと歩道を歩く息子の姿。ジャンパーのポケットに両手を突っ込み、片方の手は折りたたみナイフを握る。
その目は虚ろで、濁った瞳に希望の光はない。
前からやって来た、ガムを噛む茶髪の男と肩がぶつかり、
「気をつけろっ!」
相手が怒鳴ったとたん、無意識にナイフを振り下ろす。悲鳴と返り血が飛んだ瞬間、息子の全身に快感の電気が走る。
抑圧された感情が一気に爆発し、意味不明な言葉と奇声を発しながら、次々と無差別に通行人を斬りつけていく。
現場は、逃げ惑う人々でパニック。
お母さんは、血痕が残る凄惨なニュース映像を呆然と眺め、警察から、家宅捜索まで受けて思ったはずだ。
子育てに失敗したと・・。
勉強勉強としつこく言わず、もっと自由にさせてやればよかったと・・。
夫と一緒に泣き崩れ、自分の知っている息子とは明らかに違う、別人のような我が子と警察署で対面する。
・・と、おいらは勝手に想像したけれど、息子の作品を見たお母さんも、似たような光景が、頭をよぎったに違いない。
「うちの子に限って、そんな・・」
違う違うと何度も頭を振りつつ、テーブルに手をつき、必死に体を支えたはずだ。
先生はというと、部屋の中を行ったり来たりしていた。
腕を組んでいたかと思えば、額に手をのせる。体をひねったかと思えば、ハァ~とため息を吐く。
どう回答したものか、悩んでいるのだ。
そんなとき、お母さんがやって来た。
ウロウロと、狭い仕事部屋の中を歩き回る先生に、
「ゴリラみたい」
家族間に、遠慮という文字はない。
お母さんは我が子の姿に、オリの中のゴリラを想像したのだろう。
アザラシやトドじゃなかった。
「せめてパンダって言ってよ。かわいくて人気のある・・」
先生が、即座に言い返す。
「そもそもパンダって、かわいいの? 白い部分が、汚れてるのに・・。お尻が茶色になってるでしょ?」
それを言っちゃあ、おしまいだよ。パンダだけの話じゃないだろ。尻が茶色いのは・・。
「世間では、かわいいってことになってんの。みんながかわいいと言えば、かわいいに分類されるから・・」
「コンブのほうが、よっぽどかわいいと思うけど・・」
「コンブ?」
「あれ、クロの名前、何だっけ?」
ソファーに寝そべっていたおいらを見る。
「もう、クロって言ってるでしょ。まさか、わざとボケてないでしょうね?」
すると、
「ふふっ・・」
含み笑いをする。
やるな、お母さん。
とりあえず、本当に忘れてなくてよかった。人間同士なら、関係にヒビが入りかねない失態になるぞ。
「そういえば、この間、今井くんと何か話した?」
先生がおいらを抱きかかえ、ソファーに腰を下ろす。
「帰るときに話したよ」
「彼、何か言ってた?」
探りを入れ始めた。
“お嬢さんをください”と言うわけがないから、お父さんがどう勘違いしたのか、気になるようだ。
「何て言ってたっけ・・?」
考え込むように、やや首をひねった。
「正直に言ってよ。ボケはいらないから・・」
ややきびしい口調になった。
そりゃあそうだな。こじれていくと、何かと面倒だ。
「今井くんって、はっきり言わないのよね。何ていうか、曖昧に笑ってごまかすというか・・。こっちは、この先どうするのか気になるのに・・」
はっきり言えないんだよ、お母さん。
“適当にあしらえ”の適当が、恐ろしく難しい。東大卒だって、解けない問題はある。むしろ、苦手科目かもしれない。
「まぁ、こっちがせかしてもねぇ。うまくいくものも、いかなくなったら、あんたに迷惑かけるから・・。それ以上は、追求しなかったけど・・」
けど・・?
「そこにお父さんが入ってきて、何を勘違いしたのか、結婚するのかって言い出して・・」
「余計なことを・・。お父さんが関わると、ろくなことになんないし・・」
旅行と一緒で、変なところをグルグル回って、家族が路頭に迷う。いつまで経っても、ゴールに着かないパターンだ。
「うちはいつでもOKだからって、お父さんが・・」
「そこで話は終わったんでしょ?」
「まぁね。ただ、そのあと2人で、少しだけ話してた」
そのときに、お嬢さんをくださいなんて、言ったのかな? いやいや、大体そんな大事なことを、立ち話でするわけがない。
「とにかく、付き合い始めたばかりだから、しばらくは放っておいてくれる?」
「わかったけど、そもそも今井くんって、あんたのどこがよかったんだろうね?」
「それって、娘に対して失礼じゃない? 自分の娘でしょ?」
「だって、今井くんだったら、いい条件のお見合い相手とか、来そうじゃない? 何であんたなのか、不思議といえば、不思議よね?」
ヤバい。疑い出したぞ。
これ以上、詮索されると危ない。
おいらと同じように感じたのか、
「何それ?」
先生が、お母さんの手元を見る。色あせた新聞紙で、何かが包んであった。
「ああ、これね。覚えてる?」
新聞を開くと、ガラス板が出てきた。A4の大きさだ。
「あっ・・」
先生がおいらを離し、ガラス板を手に取った。
「押し入れを整理してたら、段ボール箱に入ってたの」
おいらものぞき込んだ。絵が描いてある。
鉄板にのったステーキ? 付け合わせは、ポテトとニンジンとコーン?
何だこれは・・。
ニャーと鳴いたら、
「高校のときのあれだ、あれ・・」
あれって・・?
「美術の授業で作ったステンドグラス」
「そう」
「懐かしい。よく割れずに残ってたわね」
何年ぶりの発掘になるんだ?
先生は光にかざし、昔の出来映えを確認する。
「なかなかいいじゃない。今見ても、おいしそうだし・・」
肉の切り口が赤いのは、焼き加減がレアだからか・・。
食べたい気持ちを、ステンドグラスで表現するとは、さすが先生。これで、高校時代から、食い意地が張っていたことが判明した。
「これを見たときねぇ、ちょっと申し訳ないと思ったわ」
お母さんが、ステンドグラスを見ながらしみじみと言う。
「何で・・?」
「あれ、覚えてない?」
「・・?」
「ファミレスに連れて行ったとき、ステーキが食べたいってあんたが言ったのに、聞こえないふりして、ハンバーグを頼んだから・・。隣のテーブルを、うらやましそうに見ていたもんねぇ」
悔しい思いを、美術の課題にぶつけたのか。
「あれっ、ステーキを食べたんじゃなかった?」
妄想と現実の境目が、わからなくなったパターンだな。
「えっ、そうだっけ?」
お母さんも同じスパイラル。
これで、真実がナゾとなった。
「まぁ、とりあえず、お姉ちゃんらしいから、取っておいたのよ。ステンドグラスには絶対ないデザインだから・・」
「友達は桜と富士山とか、海辺の夕日とか、インドのタージ・マハルだった」
普通は、きれいな景色を描くんだろうな。
「そういえば、人のやらないものを描くって、言ってたねぇ」
「美術の先生に、インパクトは与えたはずなんだけど、実際、成績はどうだったのか、全然覚えてないのよね」
と言って、
「あっ・・」
先生は急にパソコンの前に座ると、キーボードを叩き出した。
それを見たお母さんは、仕事の邪魔をしないよう、静かに部屋を出ていく。
おいらはいつもの定位置、マウスの横に移動すると、画面を見た。
「さぞ、お母さんは不安に思ったことでしょう。息子さんは推理小説が好きだということですから、選んだ漢字からすると、横溝正史の『獄門島』や『八つ墓村』を読んだ直後なのではありませんか?」
江戸川乱歩かもしれないぞ。
ホラー好きでもあるなら、小野不由美かもしれない。
「好きな漢字を選べと言われたわけではなく、ただ単に、レタリングにする文字を選んだだけですから、これは息子さんの作戦だと思います」
自分がステンドグラスでとった、差別化戦略か?
ほかとは違うところを打ち出して、優位に立つ作戦。
「レタリングというものは、絵と違って、さして上手い下手に差がつかないものだと思います。そうなると、美術の先生に、自分の作品を印象づけ、よい点数を付けてもらうには、人と違う漢字を選ぶ必要があります。恐らくほかの生徒は、夏や愛、桜や福など、イメージのよい漢字ばかりを選んでくるでしょう」
おいらだったら、黒、影、暗、闇なんかを選ぶな。
「となれば、その逆をつくしかありません。息子さんは、それを狙ったのではないでしょうか。選んだ漢字が、その人の性格を表しているわけではありません。よい成績を取るために、ほかの生徒との違いを打ち出し、先生にインパクトを与える作戦をとっただけ。そう思い込みましょう」
そうしよう。
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