8 信じる道を暴走していけ

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8 信じる道を暴走していけ

 10日ぶりに奴が来た。  死んだのかと思ったら、風邪をひいていたそうだ。  一生、風邪をひいてろ、今井! 「インフルエンザでなくてよかったですよ。もしインフルだったら、都が出した流行警報から、1ヶ月遅れ」  流行遅れのほうが、お前らしいよ。  きっと寒さが和らいで、気が緩んだに違いない。  その体型と同じで・・。 「しっかり治ったんでしょうね?」  先生は念を押しつつ、今井から受け取ったビニール袋の中をのぞき込む。 「はい、大丈夫です。病院に行って、薬ももらいました」  力強い言葉に安堵するものの、今井の頬がこけているから、弱り切った悪い気がうつりそうだ。 「貧乏人は、病気できないのよね。風邪ぐらいで、病院なんか行けないわ。40℃の高熱が出ても、寝て治す。気合いだから気合い・・」  医療費をケチるくらいなら、食費を削ったらどうだ。  今井をパシリに使って、今度はマクドナルドのセットメニューか? 「それに、仕事もできなくなる」  言うほどないだろ、仕事は・・。  ニャーと鳴いたら、今井がおいらを抱っこする。  鬱陶(うっとう)しいから暴れたものの、頑として放さない。  きっと、女性を抱きしめる機会がないから、ぬくもりと柔らかさを、猫で我慢しているのだろう。  力負けでおとなしくしたら、 「クロ~」  声のトーンを若干上げ、顔をスリスリしてくる。  苦労って聞こえるから、やめてくれ。 「今度の相談はどれにします?」  今井がパソコンをのぞき込む。  先生がマウスをクリックして、 「これにしようかな」  相談メールが、画面に表示された。 8cbd16e4-2ab5-4112-b998-248b17683117 『テストの解答で暴走するクセ』  (10代・男性/福井県)  理科のテストで、 『(とつ)レンズを通して、光が一点に集まる点を何というか』  の問いに、答えが“焦点”とわかっていながらも、“笑点”と記入し、先生から◎をもらいました。  それからというもの、変わった答えを書く快感に目覚め、社会の歴史では、邪馬台国を邪魔台国と書いてみたり、国語の漢字で、「隆盛を極める」の隆盛を、“たかもり”と書いたり、もっと面白い解答ができないか、日々頭をひねっています。  成績がどんどん落ち、数学以外、常に50点を割るようになってくると、担任の先生が、 「もういいから・・。わかったから・・。お腹一杯だから・・」  珍答を貫く姿勢をいさめてきます。  僕的には、やめられません。 67dfea62-debb-463a-b25c-f1d0b20e157a 「面白いの? この答えが・・」  先生は辛辣(しんらつ)だった。 「いいじゃないですか。相談者は恐らく中学生ですよ。かわいいもんです」 「まぁ、回答には、とても面白いですね。ユーモアの才能を感じましたって書いておくわ」  そうしておけ。  本心を書くと傷つくから・・。  2人はおもむろに、ハンバーガーを取り出した。 「期間限定のチキンタルタです」 「これが食べたかったのよぉ」  先生は大口を開け、まるで3日も食にありついていないような勢いで、かぶりついた。指はすぐに、ポテトをつまむ。  もちろん、体に合わせてLサイズ。  たとえ病気をしても、食欲だけは落ちないんじゃなかろうか。 「バンズがもっちもちですね」 「よかったぁ、ギリギリ食べることができて・・」  この2人、目の前に食べ物があると、必ず横道にそれるよね。  相談内容をほったらかしにするな。 「そういえば、塾の講師をしていた大学時代の友達がいるんですけど、ウケ狙いでもなんでもなく、とんでもない解答をする子が、けっこういるみたいですよ」 「例えば・・?」 「ナイル川が流れているのはどこの国か聞いてみたら、しばらく考え込んで、北海道って答えたり・・」 「もう、国じゃないでしょ、北海道は・・」  呆れたように先生は言うけれど、それ以前の問題だろ。 「busの発音を、ブスと言ったり、第2次世界大戦の終わった年も、日にちもわからない。中学3年になるまで、日本人は白色人種だと思っていた女の子もいましたよ。自分は白人だと思ってたって・・。部活で真っ黒に焼けた生徒なんですけど・・」 「重症だね」 「地方に住んでいる子で、日本の首都を、大阪と言った子もいるんですよ。真顔で・・。大阪の人は喜ぶでしょうね」 「とことん勉強してないんだねぇ」 「というか、常識が欠落してます。普通、ニュースを見たり、新聞を読んだりしていればわかることですよ」 「まっ、親がそうしてないんだろうね。スマホいじったり、バラエティー番組でバカ笑いしたり、酒を飲んでくだを巻いたり?」  先生もたいして変わらないだろ。 「そういえば、今井くんてさ、勉強できたの?」 「僕はこれでも全国紙の社員ですよ。それなりにいい大学を出てないと、就職試験で生き残れませんから・・」  軽く自慢が入ったか。  勉強ができても、仕事がいまいちな典型だぞ、今井は・・。今井じゃなくて、“いまいち”と名を改めたらどうだ。 「そういえば、大学聞いてなかった」 「東大です」  虚栄を張るな。  さすがに先生も、そこは素直に信じることができなかったようで、珍しくハンバーガーを食べる口が止まった。 「東日本大学?」 「そんな大学ありました?」  短くすると、東大にはなるな。 「さぁ・・」  先生もおいらも首をひねる。  今井は、コーヒーと一緒にハンバーガーを飲み込むと、 「東京大学です。現役で、文Ⅱですよ」  やや胸を張った。誇らしげだ。  唯一、自慢できることなのだろう。  ほんの一瞬、間を置いて、 「なるほど・・」  先生が小声でつぶやく。  その“なるほど”というのは、勉強と仕事の関係は比例しないということに、納得したからだろう。  そして、心の中で思ったに違いない。  今井を雇った新聞社の、面接を担当した人物の目は、節穴だったということを・・。  コーヒーを飲みながら、チラリと今井の顔を見た先生の目つきは、 (お前はラッキーだな)  と語っていた。  世の中には、うまく人生を渡っていく奴がいる。  のんきな仕事ぶりで給料をもらい、厚生年金もいくらか負担をしてもらい、通勤手当や残業手当ももらっている。  社食で安いランチを食い、健康診断まで受けさせてくれる。  至れり尽くせり。何もかも、会社がお膳立て。  とはいっても、サラリーマンは、ゆりかごに乗った奴隷なのだ。  そして先生は、木造船に乗ったフリーランス。  今は、冬の日本海のような荒波の中に、放り出されている。 「何ですか?」  冷めた横目の先生に、今井が声をかける。 「いや、何でも・・」 「こういう答えを考えるって、けっこうな頭の体操だと思いませんか? それなりに、いろんなことにアンテナを張ってないと、出てきませんよ。案外、幅広い知識が要求されます」  いっそ、珍解答を競えばいい。  勉強のできる奴は、反対に点が取れないだろうさ。  大阪を日本の首都と言う奴のほうが、面白い答案を書くんじゃないか? 「んん~」  先生はポンポンに張った腹をなでながら、 「実力テストだけ、実力を出しましょうっていう回答にしとこうか。勉強ができたって、輝かしい未来が約束される訳じゃないし・・」  ポリポリと、ポテトを前歯でかじる今井を見ながら言った。
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