猫を探しに

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 今住んでいる家に越した頃、母親が病気になった。生死に関わる病気だ。私は母親が入院している病院まで毎日歩いて看病に行った。  病院へ行く道を歩きながら、母親が死なないように母親がどこにも行かないようにと毎日神様に祈った。あんなにも何かにすがったことは初めてだった。祈りながら、何度も何度も冷え切った指先に息を吐きかけながら、ひたすら病院への道を歩いた。  私の父親は小さい頃に亡くなったし、兄弟もいなかったから、母親だけが私の肉親だった。 でも、たった一人の肉親だと言うのに、私はあんまり良い娘だとは言えなかった。わがままを言ったり文句を言ったりばかりしていた。  母親の病気が良くなったらたくさん親孝行をしようと心に誓ったのに、願いは叶わなかった。あんなにも毎日看病したのに、あんなにも毎日祈ったのに、二年前の今頃、母親はあっけなく亡くなってしまったのだった。  母親の葬式が終わってしばらく経っても私は泣いてばかりいた。ある日、泣いている私に夫が思いがけないプレゼントを持ってきてくれた。あの逃げた猫だった。夫が言うには、猫は母親が死んだ日に生まれたそうで、何か運命みたいなものを感じてもらってきたということだった。  私は猫を可愛がった。「溺愛」と呼ぶにふさわしい可愛がり方だった。私の溺愛ぶりに夫は呆れた表情をすることもあったが、からかったり文句を言ったりすることはなかった。  私にとって猫は母親の代わりだった。今度こそ後悔しないように思いっきり可愛がって大切にしようと思った。夫も薄々そのことに気付いていたのだろう。  私は逃げた猫がこの家にやって来た経緯を思い出しながら、また涙を流した。涙を流しながら、あてもなく猫を探し続けた。
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