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運命の相手
誰もいなくなった体育館の入り口のステップに腰かけて溝内が座っている。そして、こちらに気が付くと満面の笑みを浮かべて立ち上がった。
「先輩、来てくれなかったらどうしようかと思っていました。ありがとうございます」
こんなに素直に言われると却って調子が狂う。
「約束だからな」
「約束でしたね」
隣に並んでも俺より十センチも低い。こいつが何故大きく見えたのかと不思議になる。
「で、何で今日お前と会う事になったんだ?」
「運命ですかね」
可笑しくなってぷっと吹き出す、十六のガキが真顔で運命を語るのは甚だ滑稽だ。
「近藤先輩、真剣なんです。茶化さないでくださいお願いします。どうしても今日会いたかったんです。先輩にどうしても伝えなくちゃいけないことが……」
真剣な顔で二人きりで話がしたいと言われ、仕方なく自宅へと案内した。
「ここが、先輩の部屋ですか……。やべえ、なんか興奮する」
「は?落ち着けよ、気持ち悪いなお前」
「……すみません。焦っていて……時間がないし」
「お前いつもそう言うが、時間がないってどういう事だ」
「九月にアメリカへ……バスケ留学で……その……」
言い辛そうなその顔を見て、冗談ではないと知る。転校して来たばかりなのに、また出ていくという。
「……そ、か」
「帰って来るまで待っててください。お願いします、本気なんです。こんなに誰かのことを好きになったことないんです」
ぽろぽろと涙をこぼしながら、縋り付かれた。女に泣かれる度に、面倒くさいと思っていたのに、目の前の男が流す涙に俺は絆されてしまったようだ。
「別に……特に好きなやつもいねえし、高校卒業しても家から通うし……まあ、なんだ。お前が会いにくればいいだろ」
ぱあっと溝内の顔が明るくなる、そして次に物凄い勢いで飛びつかれた。
「あっぶねえなぁ」
ベッドに倒れ込んだ俺の上には、泣き顔でいつもより少し不細工になった溝内の笑顔があった。
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