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「えっと、あの……」
なんの冗談でしょう?
と、問いかけた言葉をかろうじてのみこむ。
咲耶は、自分でも分かるくらいの嫌な笑みを浮かべた。
事態の把握はできたが、認めたくなかったのだ。
「来月には店閉めるんだよ。これでもギリギリまで松元さんには働いてもらったんだけどね。……悪いね」
製造室からコック服を脱いだ村井正夫が、ボソボソと言いながら出てきた。
この店のオーナー兼パティシエの正夫が、度々、店の売上減少を嘆いていたのは知っている。
「これじゃ人件費も出ないよ」と、時折、こぼしてもいた。
だが、それを実感できるほど、咲耶は店の経営状態を理解してはいなかった。
売上金額を日報に記入したりはしていたが、実際コストがどのくらいかかっているかなど、一雇われの身で分かるはずもなかった。
「────お疲れさまでした。お先に……失礼します」
咲耶に理解ができたのは、今日でこの店に、自分は必要なくなったということだけだった。
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