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大人――という、目上の人を敬って呼ぶ言い方も――香港で生まれ育った波濤にしてみれば、ごくごく耳慣れたものではあるが、日本人の龍が当たり前のようにそう呼ぶのは少々違和感がある。
「な、龍……お前、何でじいちゃんのこと……」
「ああ、俺は会ったことはねえがな。俺の親父はよくよくの知り合いだったろうぜ」
ニヒルに口角を上げながら、龍は笑った。
先刻、ここへ来しなの車中で帝斗から聞かされた波濤の生い立ちの話の中で、彼が香港の”黄”という老人に引き取られて育ったことを知ったばかりだ。そして、その老人の名には聞き覚えがあった。自らの父親が懇意にしていて、よくその名を口にしているのを聞いていたからだ。
「大人がお前に護身術を仕込んでくれたお陰だな――」
そうだ、波濤が淫猥な狼どもからその身を守れたのは、黄老人のお陰に他ならない。龍は心底安堵したように深い呼吸をすると、まるで黄老人に心からの礼を述べるように頭を下げて黙礼をした。そんな様子を波濤の方は不思議そうに見つめていた。
「……なあ龍、お前の親父さんて……香港に行ったことがあるのか?」
今しがた龍が口走った『俺の親父と黄大人はよくよくの知り合いだった』という言葉。もしも龍の父親が香港に縁のある人物だったならば、先程の”大人”という呼び方にもうなずけるというものだ。
「仕事の出張とか、そういうの?」
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