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今までは彼独特のプライドが邪魔してなのか、あるいは恥ずかしさが先に立ってからか、言う機会を逃しているのかとも思っていたが、それは違う。今なら彼の真意が分かる気がしていた。
『好きだ』というそのひと言を、波濤は言いたくても言えなかったのだ。腹違いの兄、平井菊造に脅されながら金を無心され続け、その工面の為に客の男に身体を売っていたことで、誰かを好きになったり愛したりできる立場ではないと諦めていたのだろう。
本当は――どれほど伝えたかっただろうか。
どれほど縋りたかっただろう。どれほど甘えて寄り掛かりたかっただろう。
波濤との逢瀬を重ねる中で、彼とは相思相愛であろうことは明白だった。だが、その気持ちを言葉で伝えてくれることはなかった。
彼は我慢していたのだ。
愛しいと伝えることもできずに、たった一人で恐喝に苛まれながら、それでも身体を繋ぐ時だけはその温もりを預けてくれていた。どれほど辛かったことだろう――そんな波濤の胸の内を思えば、龍は堪らない気持ちに全身を掻き毟られるようだった。
普段はおおよそ見せることのない、龍の瞳にも涙が滲む――
「何も心配するな……。これからは俺がいる。ずっとお前の傍にいる。お前が迷惑だって言ってもぜってえ離してなんかやらねえ――! ずっと一緒だ、波濤。苦しいことも嬉しいことも全部俺に預けろ! 波濤……」
愛している――
ありったけの想いを込めて、龍は波濤を抱き締めた。
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