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嵐の前の静けさとでもいおうか、あるいは火事場に爆弾を抱えている状況とでもいおうか――そんな緊張の中にあって、だが時折何かの弾みで彼がわずかに笑みなどを漏らせば、それだけで満足というように女性たちは頬を染める。そんな瞬間を目の当たりにすれば、驚きを通り越して得体の知れない奇妙な感情が湧き上がる。
薄く笑う彼の口元と、その傍らでうっとりと頬を染める女の様が切り取った絵画のようで、ドキリとさせられるのも不本意だ。
自身の客を得意の会話で楽しませつつも龍のテーブルが気になって、横目で追うのが日課のようになってしまい、ここ最近の波濤はそんな自分に溜め息の出る思いでいた。
そんな男があろうことか目の前で突飛なことをほざいているのだから、硬直するのも当然か――。
一緒に飲まないかなどと誘ってきたこと自体にもすこぶるビックリしたというのに、いきなり自宅マンションに案内されたと思いきや、長財布から札束を引き出しながら未だ無表情でこちらの様子を窺っているこの状況に、何らかの反応をしろという方が無茶だ。波濤は唖然とし、眉を引きつらせながら立ち尽くしてしまった。
「どうした? 黙り込んじまって。もしか十万じゃ足りねえのか?」
「……何つったらいいか考えてた……。あんたさ、どーゆーつもりか知らねーが……なんか勘違いしてねえ? 第一、今日は一緒に飲むんじゃなかったの? ナンバーワン同士、もうちょい懇意になっといた方がいいとか何とか抜かしてやがったじゃん」
「――ああ、あんなのはただの口実だ」
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