(1-1)三年間を思い返してみてください

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 彼女には変わった友人がいた。暗黙の了解、空気を読む、といった言葉の真逆をいくようなタイプで、クラスメイトから距離を置かれても一向に気にしていないようだった。同じくあまり協調性のある性格とは言えない彼女とは不思議と馬が合い、ぽつりぽつりと話をするようになった。友人は美術部に所属しており、授業中も、食事中も、暇さえあれば絵を描いていた。一本の鉛筆から幾筋もの細やかな線が生み出される様を隣で眺めているのが、彼女は好きだった。  ある日の放課後、帰宅前に少しだけ図書室に寄った彼女の元に、友人から連絡が入った。教室に明日までの課題を忘れてしまったからまだ校内にいるなら取ってきて欲しい、今ちょうど一番大事な部分に取りかかっていて手が離せない、ここまで持ってきてくれないか。そんな内容だった。連絡できるなら手が離せるのではと呆れつつ、彼女は指令に従うことに決めた。 「こんにちは」  初めて訪れた美術室。ドアで鉢合わせたのは、あの日と同じつなぎ姿の彼だった。穏やかに微笑む表情から、不法侵入に近い彼女の所業は綺麗さっぱり記憶にないと思われた。彼女は曖昧に会釈をし、少しだけ友人の手元を見守り、美術室を後にした。おかしなところで味をしめたのか、友人は些細な忘れ物があると彼女に届けさせるようになった。元々絵のことばかり考えている友人だ、そうした機会は頻繁にあった。彼女がいつ足を運んでも、他の部員を目にすることはなかった。幽霊部員の巣窟だからと笑った友人の言葉に嘘はないらしい。 「どうせなら、入部しません? 他の部員よりよっぽど来てるでしょ」  ある日、入り浸る彼女を見かねたのか、作業の合間に彼が声を掛けてきた。 「いえ、私、絵描けないんで」 「そう? まあ、いいけど。その辺にあるもの、勝手に使ってくれていいからね」 「ありがとうございます」  話してみると、彼はなかなかに面白い人物だった。そして口が悪かった。教師という仕事のしがらみ、生徒の親の悪口、困った生徒の愚痴。到底教師とは思えないような言葉を、やわらかい微笑みを浮かべたまま次々発する。彼女の滞在時間は日に日に伸びていった。部屋の奥で画用紙に向き合う友人は、お喋りに花を咲かせる二人の会話に一切反応せず、黙々と作品を仕上げ続けた。
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