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寒さの厳しい時期だった。彼女は鼻を啜り、正月休みを使って妻の実家を訪れたという彼の話に耳を傾ける。小さな電気ストーブを置いてはいるが、美術室の中はひどく冷えていた。数日後、彼女は風邪を引いた。熱が下がってからもしばらく引っかかるような咳が止まらず、自然と放課後も真っ直ぐ帰宅するようになった。
「最近、来ないね」
「ん?」
「美術室。話聞いてくれる人がいなくて先生さみしそうだよ」
「久しぶりにいこうかな。まあ、風邪、治ったらかな」
そんな話をしているうちに、自由登校が始まった。自由登校といえば聞こえが良いが、ほとんどの生徒は登校せず、実質休みのようなものである。彼女も学校へ行かなくなった。四月から始まる生活が待ち遠しかった。
「バレンタインしよう」
「なに? 急に」
「一応、お世話になったし。最近全然行けてないし。きっと卒業式の日なんかバタバタするだろうし」
意外なことに、友人から電話が来た。彼にお菓子を渡そうと言うのだ。確かに美術部員の彼女が顧問の教師にお礼の品を贈るのは分かる。しかし彼女も参加して良いものだろうか。内心首を傾げつつ、彼女は連れ立って美術室へと向かった。
「あれ。珍しい」
呆気ないリアクションで二人を出迎えた彼は、何やら作業で忙しくしているようだった。ペンチやボンド、ワイヤーなどが机の上に散乱している。習慣づいた行動は変えられないのか、友人は室内に入るなり定位置に腰掛けて何やら描き始めた。手持ち無沙汰の彼女は、すかさず友人に駆け寄り耳打ちをする。
「ちょっと、そっちが言ったんでしょ。先に渡してからにしてよ」
「今すごくいいの浮かんでんの。手止めらんない。ごめん、二人からですって渡しといて」
友人の目の色が変わってしまっていることに気づいた彼女は早々に諦めた。用意した紙袋を取り出し、おずおずと差し出す。
「あの、二人からです。いつもありがとうございます」
「おおお、すごい、いいの?」
「はい、もちろん」
「ありがとう」
彼は手元の作業を止めて、いつものように微笑みプレゼントを受け取った。彼女も、いつものようにとりとめのない会話をした。いつものように、友人は無心で絵を描き続けていた。
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