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閉式後、ホームルームを終えた彼女は早々に教室を後にした。クラス会に参加する気もなかったし、とりたてて話をしたいような相手もいない。友人は式を欠席していた。体調不良だというが、おおかた面倒臭くなってしまっただけだろう。彼女は少しだけ躊躇したものの、ここ半年ですっかり通い慣れた場所へ向かった。
ドアが開いている。遠目からでも分かった。彼女は立ち止まり、深く空気を吸い込んだ。油絵の具やら木炭やら、あれこれ混ざったこの匂い。なるべく足音を殺してそっと足を踏み入れる。外の喧噪が嘘のように、美術室は静かだった。
「おおお、お久しぶり」
無人の室内をきょろきょろと見回しているところに、突然後ろから声がして彼女は息を呑んだ。気の抜けた笑いを浮かべる彼は、入学式の日に見たのと同じスーツに身を包んでいる。なんとなく寄ってくれるんじゃないかと思ってたよ、当たり前のように落とされる言葉を彼女の脳が処理するよりも早く、目の前に小さな白い箱が差し出された。シルクのような光沢のある淡い色のリボンが丁寧に施されている。
「卒業おめでとう」
「ありがとう、ございます」
彼女はぼんやりとそれを受け取り、何度も瞬きをした。促されるままいつもの定位置に腰掛ける。よくよく見れば、机の上には同じような白い箱がいくつか置かれていた。
「毎年部員にあげてるんだよ。一応ね」
「……私、部員じゃないんですけど」
「まあ、でも、部員みたいなものでしょう」
「部費も払ってないですけど」
「うーん、それはいただいたほうが有り難いね、こちらの経営事情的にはね。どうする? 今から払ってくれるんなら大歓迎ですが」
「遠慮しときます」
「それは残念」
全く残念そうな様子も見せず笑う彼から目を逸らす。少なくない数の箱。改めてそれらを眺めながら、彼女は首を傾げた。
「あんなにいたんですね、三年の部員」
「ほぼほぼ幽霊部員ですけどね」
「あの子、今日、体調不良なんです。渡しておきましょうか?」
「いやあ、直接お渡ししてなんぼだから。それに、今日じゃないとあまり意味がない品なもので」
開けてみて、とせっつかれ、彼女はそろそろと覚束ない手つきでリボンを外した。元々手先が器用なほうではない。やっとのことで蓋を開ける。彼女は息を止めた。クリーム色のペーパークッションの真ん中、滲むような薄紅色が目に飛び込んでくる。
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