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「お取込み中すみません、少し急用なので松下を少しお借りします」
突然、ドレスルームに現れたのは田中だった。武達に、軽くお辞儀をして奈々子の腕を掴む。
「田中部長!!?」
「山下様から、至急との連絡が入ってる」
「はっはい」
奈々子は返事をしたものの、山下様に心当たりがなかった。
腕を引かれ田中の後に続く。ドレスルームを出て廊下の角を曲がると、田中は足を止めた。
「あの……田中部長、山下様って?」
「嘘だ。通りかかったら青い顔をしていたから……大丈夫か? この前話していたのは、今のお客だろ? 今ならまだ担当を替えられる。替えた……」
「部長!! 大丈夫です。公私混同はしませんから。心配かけてすみません」
田中が全ていい終わる前に、奈々子は深々とお辞儀をした。全部聞いてしまったら、優しい田中の提案に頷いてしまいそうな自分が居たからだ。
「それに……ここで逃げたら、駄目な気がするんです。次に進むためにも、やり遂げないと……」
田中は、それを聞きワザとらしく大きなため息をつく。
「お前も、難儀な性格だな。それがお前のいい所だけど。その代りお互い外回りがない日は、ランチは俺と一緒にとること!」
不思議に思い首を傾げる奈々子の腕を田中はもう一度つかんだ。
「飯!食ってないんだろ。ちゃんと食わないと仕事に影響がでるぞ!」
「すみません」
「謝らなくていいから、分かったと返事しておけ」
「分かりました」
大きな手が、奈々子の頭を撫でる。入社当時から、気にかけてくれる田中の存在はとてもありがたかった。そして、とてもくすぐったかった。食事の心配をされるのは、武以来の事だったから。
『飯、ちゃんと食えよ……』
電話の切り際、心配そうな声でいつも伝えてくれた武。
それが、奈々子の栄養剤だった。
田中の優しさで、武がどれだけ優しかったのかも思い出してしまう。
戻る事は出来ないし、戻りたいとも思ってはいないのに……奈々子の胸を熱くした。
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