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「申し訳ありません、篠崎様、井上様。松下が少し体調を崩したので、本日は私が対応させて頂きます」
「えー。大丈夫なんですか? 心配」
「ご心配ありがとうございます」
「でも……、今日だけですよね? 私、担当は、絶対、松下さんがいいんです。他の人じゃ嫌なんです」
無言の篠崎に対し、彼女の方は表面上は松下を心配する素振りをみせながらも、今後の担当の心配をしていた。
”絶対”その言葉に、何か意味さえ感じ取れてしまう。
ここで、担当をはずすと言えば、松下はもう苦しまなくて済むのかもしれない。
次に進むためにも、やり遂げないと……
真っ直ぐ前をみていた松下の気持ちをくみ、田中は言葉を紡いだ。
「はい。松下が担当を変わる事はありません。今日だけですので、ご安心ください。
今日は、ドレスを選ぶとの事、彼氏さんの意見が一番ですが、私も男性なので意見が参考になれば幸いです」
そう告げ、井上が気にしていたドレスを何着か出した。
井上は、色鮮やかで可愛いドレスを目の前にして、ご満悦で何度もドレスを試着する。
それに対して篠崎は、腕を組み難しい顔をしていた。
彼女が、フィッティングルームに入ったのを確認して篠崎は、田中へと歩みよってきた。
「奈々子の様子は……どうなんです?」
「今は眠っています。 最近、寝不足の上に食 事もあまりとっていなかったようなので…… まぁ、後で病院に連れて行きますよ」
「……あんた、あいつの事色々知ってるですね」
「部下ですから……また、勘繰りですか?」
フィッテングルームを見つめたまま、篠崎は辛そうに顔を歪めた。
それに気づき田中は、ため息混じりに「そんなに辛いなら、手を離さなかったらよかったんだ」と嫌味を込めて呟く。
田中には、松下を手放してまで、井上を手に入れたいとは到底思えなかった。
彼氏の元カノに、対抗意識むき出して余裕のかけらもない。
ましてや、元カノが働いている場所を選んで結婚式を挙げたいなんて、いい女がする事じゃない。
そして、それを止めなかった篠崎にも田中は苛立ちを覚えた。
「……俺だって、手を離すつもりなんてなかったよ……お前に何がっ!!」
小さかった篠崎の声が徐々に大きくなり、ギュッと体の横で握られていた拳が田中の胸ぐらを掴もうとした時、カーテンをひく音と共に空気を壊す、明るい井上の声が響いた。
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