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「武、こっちの方がいいかな?」
桜色のプリンセスラインのドレスには、小さな花がたくさんあしらわれ、小柄でふんわりとしている井上にお世辞抜きで似合っていた。
「井上様、とてもよくお似合いですよ」
「本当? ありがとうございます。武はどう?」
ドレスのスカートを、ふわふわと嬉しそうに揺らしながら井上は首を傾げた。
「……俺は、マーメイドラインが好きなんだよ」
小さく呟いた言葉は、田中の耳にしか届いていなかった。
小柄で可愛らしい、井上が決して選ばないラインのドレスを呟いた篠崎が、誰を想像して呟いたか……
田中は容易に想像が出来た。
スラッとした松下に、よく似合いそうなラインのドレス。
「武?」
無反応の篠崎に、井上は少し不安そうな顔を浮かべて歩み寄る。
田中は、慌ててその場を取り繕った。
「篠崎様は、井上様のあまりの可愛さに言葉を失ってるみたいですよ。ここに来られる男性は、彼女さんのドレス姿を見ると、言葉を失ってしまいます」
そう答えた田中の言葉に、井上は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「やっぱり、これにしようかな。でも、武が一番可愛いと思ってくれるドレスがいいし……」
ちらりと、篠崎の表情を伺う井上に気づき、篠崎は重たそうに口を開いた。
「……いいんじゃないか。そのドレス……知美によく似合ってる」
「本当? じゃあ、一つはこれにしようっと」
「分かりました」
その後、二人は、数点目星をつけて次の来店予約をして帰っていった。
田中は深々とお辞儀をして二人を見送った。
一人になると、いつものお客と違いどっと疲れを感じた。
「松下は、毎回これを味わってるんだな。いや……もっと、疲れるだろうな」
田中は、ぐっと伸びをして松下の元へと急いだ。
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