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一度目の背中
***
ウエディングプランナーとして、沢山の人の幸せに立ち会いたいと夢見て就職した結婚式場。
確かに、たくさんの幸せには立ち会えるが、土日祝日は、稼ぎ時で休みはなく。
結婚式当日は朝が早い。
人員が少ない為、人の幸せの数だけ深夜残業が増える毎日。そんな奈々子の心の支えは、仕事を理解してくれた彼氏の武だけだった。
「ごめん。今日もまだ帰れそうにないんだ」
「仕事だろ、仕方ないから気にすんな。弁当買って来たから置いて帰るな。ちゃんと飯は食えよ」
「ありがとう、武。大好きだよ」
「分かったから、頑張れよ」
奈々子は、電話を切った後、暫く液晶を眺めた。
一瞬でも声が聞けたら頑張れると思ったのに、声を聞けば姿が見たくなる。
愛しい人の頬を撫でるように、液晶を撫でポケットにしまった。
特に喧嘩もなく、会えば話は弾むし、体の相性もいい。
会えないことも我慢してくれる、奈々子にとって理想的な彼氏だった。
付き合って1年たった記念日。
「奈々子、結婚しよう。忙しいお前を少しでも傍で支えたいんだ」と武から申し出があった。
武の気持ちはとても嬉しいかった。
でも、仕事は忙しく、チーフになってすぐという事もあり仕事を休むわけにはいかない。
「武・・・凄く嬉しい。でも、もう少しだけ待ってくれないかな?
今、自分の結婚にさける時間がなくて・・・ゴメンね」
謝る奈々子に、武は優しく笑いかける。
「分かった。じゃあ、予約の予約ってことで」
ポケットから出したケースから、武は指輪を取り出し奈々子の手をとった。
細目のリングに、中央には花の台座にダイヤがはめ込まれていた。
「奈々子が、落ち着くまで待つよ」そう言って、武は奈々子の薬指に指輪をはめる。
ピッタリとハマった指輪に視線を落とすと涙が頬をつたった。
「馬鹿、泣くなよ」
「だって・・・」
そっと抱きしめてくれる武の胸に顔を埋め、奈々子は幸せを噛みしめていた。
奈々子は幸せだった。
今、育ててる後輩に仕事が任せれるようになったら、武のプロポーズに答えよう。
その一心で、より仕事に没頭した。
武の気持ちが、そのことで、離れていくとも分からずに。
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