過ちの代償

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武は、井上に座るように勧めた。 静かな会議室に、椅子の軋む音が響く。 武も井上と少し距離を空けて、腰をおろした。 「とりあえず、病院に付き添うよ」 テーブルの上で、指を組み、武は井上の返事を待った。 しかし、井上は武から視線を逸らして言葉をつぐむ。 「井上さん?」 「一人だと不安だろうから」 返事を返さない井上に対して、沈黙になりたくない武が言葉を続けた。 暫く、何か考えた後、井上は柔らかく微笑んだ。 「……不安じゃないですよ。不安どころか……嬉しいんです。武さんの赤ちゃんが出来たかと思うと……」 「……」 「病院は、一人で行きますね、まだ確実じゃないので。ただ……」 真っ直ぐ武を見つめる瞳。 その先を聞くことが怖かった武は、ふと目を逸らす。 「私、赤ちゃんできてたら、おろしませんから」 「おろさない……って。」 「好きな人の子供だから、産みたいと思うのは当たり前ですよね?」 「でも、俺は……井上さんの事を愛して……」 武が全ていい終わる前に 、井上は言葉を挟む。 まるで、その言葉の先を聞きたくないという様に。 優しい声で武を諭すように井上は柔らかく微笑む。 「大丈夫ですよ。愛なんて一緒に過ごすうちに育ちますから」 言葉を対照的な微笑み。 武が、女性を怖いと思ったのは初めてだった。 でも、すべて自分への想いがさせたことだと思うと、無下にはできなかった。 武が断った後も、気が変わるのを待っていたとしたら……待つ気持ちは武もよく分かっていた。 だから、武は”おろせ”と強く言えなかった。 「赤ちゃん出来てたら……彼女と別れるから」 「報告しますね」とヒールのない靴で、井上は会議室を後にした。
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