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数日後、武の携帯が鳴った。
画面には、【井上知美】の文字。
武は、大きなため息を吐き電話に出ると武とは対照的な明るい声が受話器から聞こえてきた。
「武さん、私……赤ちゃんが出来てました」
武にはその後の記憶があやふやだった。
唯一、記憶にあるのは、別れを告げた時の奈々子と顔と泣き顔。
『ごめん、他に好きな奴ができたんだ』
『やだ……なんで』
別れたくないと泣く奈々子に、
『お前の他に好きな奴なんていない、今でも奈々子が一番好きだ』
と言いたいのを、武はぐっと我慢していた。
奈々子は、酷く傷ついた顔をしていた。
奈々子にそんな顔をさせてしまった、自分への嫌悪感で武は胸がいっぱいだった。
しかし、産まれてくる子供に罪はない。
そして、酔っぱらって井上を抱いたのは自分だ。
奈々子だけではなく、井上にまで酷いことをしてしまった。
武は、その責任感から、産まれてくる子供にも、井上にも、幸せになってもらわないといけないと考えていた。
一緒にいれば、愛が育つと言った井上の言葉を鵜呑みにするわけではないが、奈々子を幸せに出来なかった分、武は少しづつでも、井上と子供への愛情を育てていこうと、心に決めた。
奈々子には、もう二度と会えない……会わないのだから。
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