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「武……」
「お疲れさま。今は武って呼んでくれるんだな」
苦笑いをしながら、武は奈々子に歩みより奈々子の目の前で足を止めた。
「なぁ、仕事終わったんなら、久しぶりに飯でもいかないか?」
「……何言ってるの?」
誰もいない駐車場。
少し離れた場所にある街灯がチカチカと点滅していた。
暗い空には、月が揺蕩う。
奈々子を探るような武の声。
「それとも、もうお祝いしてくれる人できたのか?」
武が、自分の誕生日だと覚えていて目の前に現れたと知り、奈々子は言葉を詰まらせた。
「奈々子……?」
チラつく街灯が、まるで警告の様だった。
「篠崎様、いくら担当でもお食事を二人で行ったら井上様が嫌な気持ちになってしまいますよ」
出来るだけ動揺が悟れないように笑顔を作り、奈々子は武に答えた。
「……もう、俺と食事なんて行きたくないよな……分かったよ」
「……」
「ただ、少しだけ時間をくれ。……今日は、渡したいものがあって来たんだ」
そういい、武は手に持っていた紙袋から小さな箱を取り出した。
「覚えてるか? 俺……待ってるって言ったよな。1年半待った」
「篠崎様……」
「ずっとお前の指にこれを……」
武は、言葉を詰まらせ奈々子の手に収まる小さな箱を手渡した。
奈々子には、その箱に何が入っているかすぐに分かった。
仕事で、何度も見てきた……幸せの象徴だと。
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