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「もう、終わってるの!! あの日、私がどんな思いでっ……どんな思いで、武の背中を見送ったか知らないでしょ!!」
怒りにまかせて奈々子は手を振り上げた。
その手は、武の頬を打ったが、武は避けることも奈々子を止める事もなくただ「ごめん」と耐えていた。
「もう……私たち戻れないんだよ。あの頃になんて、戻れないの!! だから、井上さん……ちゃんと幸せにしてあげなよ。結婚するんでしょ」
結婚する婚約者がいながら、情けない事をいう武をみて涙がこぼれ落ちてくる。
この人と幸せになりたいと思っていた。
頼りになると思っていた。
奈々子には、その男が小さく見えた。
この感情が怒りなのか、悲しみなのか計り知れないまま、その場に崩れ落ちそうになった奈々子の肩を大きな手が支えた。
「悪い……待たせた」
「田中部長……?」
「篠崎様、落としていましたよ」
驚く奈々子を支えながら、アスファルトに転がっていた指輪を、田中は武の手に渡す。
「申し訳ありませんが、篠崎様との関係は松下から聞いています。男性にもマリッジブルーがあるといいますから、きっと今は過去の思い出が尾をひいているだけですよ」
「……」
「だからといって、こいつの気持ちを乱していい理由には、なりませんが。金輪際、打ち合わせ以外で松下に逢いに来るのは止めてください。いくぞ、松下」
田中は、奈々子の肩を引き寄せながら歩き出す。奈々子は武を残しその場を離れた。
互いの胸に、あの時…… と過る。
あの時、もっと早く武に答えていれば。
あの時、井上の事を奈々子に打ち明けていれば。
今と違った結末が待っていたのかもしれない。
でも、奈々子はその場に残した武を、振り返る事はしなかった。
それとは対照的に武は、田中に支えられ遠ざかる奈々子の背中をずっと見送っていた。
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