一度目の背中

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別れは約束の1年を、半年過ぎた頃にやってきた。 前兆はあった。仕事の休憩で電話をしても繋がらない事や、私の家にあまり来なくなったこと、小さな変化ならもっとある。 でも、奈々子は 日々の忙しさに感けて、それをお座なりにしていた。 武なら、大丈夫。そんな自信もあったのかもしれない。 「やだ……なんで」 「奈々子が、嫌いになったわけじゃないんだ。 今だって仕事を応援したいと思ってる……」 「なら、なんで!?」 「でも、俺を見てくれて、俺を待ってくれて、好きだって言ってくれる。 その子を大事にしたいって思った。ごめん」 武に彼女がいると知りながら、「待ってる。私を好きになってくれるまで待っててもいい?」と告白してくれた同僚と、付き合いたいから別れてくれと奈々子に切り出した。 武を待たせてばかりだった。1年たっても、文句も言わずに待っていてくれた武に甘えていた。別れたくないと懇願しても、既に武の気持ちは固まっていて、揺るぐことはなかった。 「ごめん……奈々子」 泣いても武は玄関に進む足を止めず、小さくなる背中に手を伸ばしてももう届くことはない。涙に霞む瞳で、大好きな彼の背中を見送り、奈々子はその場に崩れ落ちた。 悪いのは自分だと分かっていた。何も言わなず優しい武に甘えていた。 だから、いつかどこかでバッタリ彼女と歩く武に会ったら笑顔でいられるようにと誓い、その日はただただ涙に明け暮れた。大好きな彼の、小さくなる背中を何度も思い出して。
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