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武達が帰った後も仕事に追われ、定時を過ぎてようやく奈々子は自分のディスクに座ることが出来た。そして、深いため息をつき机にうつ伏せた。
「松下、大丈夫か?」
「あっ、田中部長。おかえりなさい」
急いで上体を起こすと外回りから帰ってきた田中が、奈々子の様子に気づき「何かあったのか?」と顔を覗き込んだ。
「なんでもないですよ」
精一杯の笑顔を向けると、田中の人差し指が奈々子の眉間を刺した。
「しわ」
「あっ……」
刺された眉間を撫でる。
二人が帰った後仕事に追われていて考えている間がなかったが、ふっと隙間の時間が出来ると、幸せそうな武の彼女の顔がチラついた。白く細い薬指には、可愛いデザインのリングがはめられていた。
あの日と同じように、武が彼女の指にハメたんだと思うと何故か奈々子の胸を締め付け、忘れかけていた思い出さえ、少しずつ色を取り戻していく。
「松下、晩飯これからだろ? 付き合え」
「あ……でも、まだ仕事があるので。」
「明日でも、間に合う案件なら今日はもうやめろ。その調子なら仕事にならないだろ」
言葉に詰まる奈々子の背中をポンと叩き、田中は手招きをした。
「松下の好きな焼き鳥に、ビールだぞ」
田中の気遣いに、奈々子は笑顔で席を立つ。
「もっと、おしゃれなところに連れて行ってくださいよ」
「お前には、焼き鳥とビールで上等だ!!」
「酷いですよ!部長」
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