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無言で、首を垂れる。
すると、正弘は鼻歌をうたいながら、シャンプーを泡立てて聖の頭を洗い始めた。
そうしながら、世間話をするように、聖の身の上を口にする。
「――おめぇ、この半年様子を見ていたが――実は相当頭がいいな? 竜真もそう報告してきたぜ。しかし、中学もロクに行ってねぇんだろう? 何でだ?」
「……教科書を見るのは好きだったからな。捨てられていたヤツを拾ったりして、片っ端から覚えたんだ」
「へぇ~! 戦争終わってしばらく経った頃、学校行ってないガキを集めて、やれ教育だ何だと能書き垂れる役場のオヤジがいたが――そいつ相手に、読み書きソロバンが出来りゃ上出来だって啖呵切って、オレは勉強なんざやらなかったぜ」
「へんとかえす、かばすくねぇわらすか」
クスッと、ついそんな事を口走ってしまった。
すると、正弘の手がピタリと止まった。
「――――今、なんて言った? 」
「あ――……」
ついつい、お国言葉が出てしまった。
聖は内心で舌打ちをして、今の言葉を言い直す。
「口答えばかりして、生意気で可愛くない子供か」
「いや、そうじゃねぇ。最初の方だ」
「……『へんとかえす、かばすくねぇわらすか』」
すると、正弘は深い息を吐いた。
「――おめぇ、岩手の沿岸出身か? 」
その通りだ。
別に隠す事でもないので、聖はうなずく。
「ああ。何もないクソみてぇな田舎だよ」
「そう、か――」
「あんた、よく分ったな? 向こうの知り合いでもいたのかい? 」
すると、正弘は無言になり、黙々と聖の頭を洗ってお湯を掛け、泡を流す。
そうしながら、本当に静かに口を開いた。
「……オレのお袋は、身売りされて東京へ来たのさ」
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