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「身売り? 」  思いもかけない言葉に、聖は驚く。  人身売買は――(おおやけ)には、今は禁止されている犯罪行為だが?   そんな聖の頭に、またお湯を掛けて綺麗に泡を流してやると、正弘は檜の浴槽へと(うなが)す。 「体が冷えた。最後に温めなきゃ、風邪ひいちまうぜ」 「――ああ。なぁ、身売りって? 」  一緒に浴槽へ入りながら、気になって聖はそれを訊く。  すると、正弘は遠い目になって、ポツリポツリと喋り始めた。 「……今や日本はGDP世界一だ何だと浮かれ上がってやがるが、昭和に入ってからも飢饉ってヤツがあってよぉ。オレが生まれる前の話だが、そりゃあこの世の地獄だったと、よくお袋が言っていた。昭和東北大凶作って、5年も続いた飢饉があったんよ。しかも、世界大恐慌、昭和三陸大津波と、もうトリプルパンチよ。そんときゃあ本当に食う物もなくて、木の根っこや皮まで剥いで食ったそうだ。山の獣達と木の実の争奪戦もあったとよ。当然、村の娘は全員身売りよ。――――お袋はその内の一人だった」 「……」 「昭和10年に、15歳で売られて東京へ来たのさ。そこで芸妓になって――まぁ、親父と添い遂げて、オレの他に5人の子宝に恵まれる事になるんだが、結局あの戦争で、使いに出ていたオレ以外は、みぃんな丸焦げよぉ」  ハハっと笑い、正弘は肩を竦める。 「――お袋が時たま喋る言葉は、何となく覚えちゃあいるが、どうもハッキリとした意味が分かんねぇままだった。お前がそういう風に、お国言葉を口にしなけりゃあ謎のままだったぜ」 「そう、か……」  何となく、聖の方が悄然として、クスンと俯いてしまった。  自分も相当な目に遭って生きてきたが、まだマシな方だったかもしれない。  さすがに、飢饉や津波や戦争体験はないのだから。  すると、湿った雰囲気を振り払うように、正弘はザバっと風呂から上がった。 「ああ、やだね! こんな回顧録みてぇなのは、ただの愚痴と変わりゃあしねぇ。とにかくよ、お前は頭が良いらしいし、一丁試してやろうかって事が言いてぇのよ」 「試す? 」 image=509601975.jpg
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