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 上野は古くから栄えた街であり、東京がまだ、江戸と呼ばれていた時代から存在する、歴史ある街だ。  焼け野原だった頃から、ココで育った正弘(まさひろ)は、その歩みと歴史をよく知っている。  昭和二十年、何もない焼け野原で、まだ七歳だった正弘は、たった一人こぶしを握り締めて、世の中の不条理と無慈悲を呪った。  あれから四十年以上経つが、あの日の絶望と恨みを、正弘はよく覚えている。  親兄弟親戚全て失って、正弘はこの地獄の中で、どこまでもしぶとく伸し上がってやろうと心に誓った。  孤児のガキだと迫害され、暴行されるのは日常茶飯事だった。  しかしそれ以上に深刻だったのは、大人たちの無関心だ。  己の子でさえ邪魔者だと見捨てる親も多い中、ましてや、孤児など何処の誰も相手にしない。  実際、あの頃は行き場のない孤児たちが駅に溢れ、誰にも相手にされず、顧みられることもなく、動けないままに栄養失調で息絶える者も少なくなかった。  孤児院に放り込まれても、そこもまた安寧とは程遠く、あまりの酷さに逃げ出す孤児も多かった。  戦争が終わっても、どこもかしこも、この世の地獄だった。  結局、この世の理というものは、一番弱い末端が全ての負を押し付けられるように出来ているらしい。 ――――だが、正弘はそれに抗った。  孤児たちを率い、愚連隊を組織し、闇市での非合法な取引を斡旋し、ズルく汚い大人たち以上に貪欲に強欲に生き抜けた。  街を、ジープで我が物顔で走り回るGHQとさえ渡り合ってみせた。  そして正弘は、一たび抗争が起きれば、女子供も容赦なく制裁した。  その、冷徹で無慈悲な行いが評価されたのか、維新前から続く古い地回りの養子に迎えられ、正弘はそこの組を引き継ぐことになる。
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