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「どっちもちげーよ!武藤!すぐ行くからちょっと待っててくれ!!」
きっと同じ部の部員であろう男性に、彼はそうやって返事を返すと、もう一度照れ笑いをしてみせた。
「わざわざ迎えに来てくれたらしい。そろそろ行くか・・・。君も、そろそろ帰った方がいい。本当に、風邪をひいてしまう」
彼が手を差し出した。
その厚く、大きな手は不思議と彼女に安心感を与えた。
「・・・ありがとう・・・ございます・・・」
その手を借りて、ゆっくりと立ち上がる。
「いや・・・礼を言われるような事は何もしていない。・・・ただ・・・」
「ただ?」
「・・・名前を聞いてもいいかな?」
そう言う彼は何処と無く照れた様子で、そんな姿を見ていると、彼女はまるでそれが自分に感染したかのように、頬が熱くなるのを感じた。
「・・・名前・・・ですか?」
赤くなった頬を悟られないように、下を向いたまま呟く。
「嫌ならいいんだ・・・。悪かったな・・・じゃあ、風邪ひくなよ」
あ・・・待って・・・
行かないで・・・
彼が背を向けた瞬間、そんな気持ちが彼女の胸の中を埋めつくした。
「・・・し、しおり…大咲志織って言います!」
波音に負けないくらいに張り上げた声が、空に舞う。
彼女の声に、彼の足が止まった。
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