烏寺黒命散

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 ――待ち伏せを撃破し、正面突破か?   ――もしくは、安全な迂回路を往くか?  如何せん、宇野家は弱小である。此度の上洛に割ける兵力も食料も限られ、険しい山路などで敵方の急襲を受ければ、無事に上洛を果たせるかも難しい。そこで、時間を掛けてでも慎重に進軍すべき……つまりは、迂回策が、宇野家家臣団における大勢になっていた。  夜分遅くまで及んだ合議もいよいよ大詰めになり、あとは領主の採決を残すのみ。されども、元服間も無い若き領主は爪を噛みながら、ぶつぶつ何やら呟いたままだった。 「殿、そろそろご決断を……」  先代領主から仕える家老に促され、ようやく主義隆は決定を下さん、と覚悟を決めたらしい。居並ぶ家臣に向けて口を開きかける……丁度その時だった。 「義隆っ! 義隆っ! 義隆は何処におるのじゃ?」  甲高い女の声が、座敷の外から聞こえてきた。加えて、内廊下を踏みつける、乱暴な足音が次第に高まってくる。それを耳にした家臣たちの顔は一斉に曇った。何者が此方に向ってくるのか、察しがついたのだ。 「義隆! どうか返事をしておくれ!」  飛び込む様に現れたのは、年老いた尼だった。  名は、月勝院と云う。     
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