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 本当にもう一度ピアノを楽しく弾ける日は来るのだろうか。どんなに音の狂ったピアノでも、今までは毎日楽しんで弾いていたのに。そのピアノを調律してくれると言った慶一の手を、自ら突き放したくせに。  ダメだ。考えるな。  おまけに今は店に立っているのだ。客に対して笑顔以外の顔を見せてはいけない。店を手伝うようになってから、繰り返し言われ続けた両親の言葉を、何度も頭の中で再生する。  だが、そんな奏多の様子を、父親はずっと睨んでいた。  客の切れ間を狙って、父親が奏多に声をかけた。 「おい。もういいから引っ込んでろ」 「は? そっちから呼んだくせに」 「辛気臭い顔で店に立たれても邪魔なだけだ。暇なら練習にでも行って来い」 「練習って、なんのだよ」 「ピアノに決まってるだろ。さっさと行け」 「なっ……!」  まさかの父親からの言葉にぎくりと固まった。いつも自由にさせてくれていた父が、ピアノを弾かせるようなことを言われるのは初めてのことだ。 「いつまでも湿気たツラしやがって。なに我慢してるか知らねえが、弾きたいなら弾けばいいだろうが。好き勝手弾ける場所にさっさと行って来い。いつまで腐ってるつもりだ、鬱陶しい」  容赦のない言葉にもう押し黙るしかない。家でもピアノは弾けるが、自由に周囲を気にせず弾けるのは練習室だと、だから毎日楽しんで通っていたことを両親は知っている。だからこそ、今の奏多の状態が普通ではないことを感づいているのだろう。  商売人として父親の口の悪さを許していいものか。だが、使いどころを弁えている父親の叱責は、奏多には鈍器で殴られるように重く痛い。 「さっさと行って来い。突然変異の馬鹿息子」  根っからの商売人ばかりの青木家遺伝子の突然変異。おまえはそれだろうが。  そうまで言われては、行かないと意固地にもなれない。 「わかったよ。行けばいいんだろ! 行けば!」  半ばやけくそに叫んで、店を出た。  飛び出したはいいが、足取りはやはり重い。いつもの三倍の時間をかけて、奏多はサクマ音楽教室に来た。  どうか、と願い教室のドアを開ける。祈りが通じたのか、ロビーに慶一の姿はなく、奏多はほっと胸をなで下ろした。
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