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 ホワイトボードで練習室の使用状況を確認すると、一台ピアノの練習室空いている。ホワイトボードに『使用中 青木』と書き記す。今までは同じ名字の人と区別するために下の名前で書いていたが、自分が来ていることを知られたくなくてあえて名字を書いた。  早く練習室に入ろうと足を向けたとき、ロビーに隣接した職員室のドアが開いた。 「あ。奏多くん、久しぶり!」  快活な声と共に現れた人物に、身体が固まった。だが、慶一ではないことを確認して、ほっと息を吐いた。 「室田先生、こんにちは」 「最近あまり来てなかったみたいだけど、元気だった?」  室田はこのサクマ音楽教室の女性講師の一人だ。十年程前から講師の一人に加わり、奏多もレッスン受けていた時期がある。  練習室の利用記録は毎日残っており、職員には当然筒抜けだ。ほぼ毎日来ていた奏多が、突然来なくなったとあっては、誰でも少しは気にかかるところだろう。 「すいません。ちょっといろいろ忙しくって」 「そう? まあ、奏多くんももう大学三年生だしね。たまには職員室にも顔出してよ。いっつも練習するだけしてすぐ帰っちゃうから。たまには私も奏多くんの演奏が聴きたいな」 「あ、はは」     
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