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声を上げた奏多も驚いていたが、室田も信じられないと目を見開いた。
「で、でも、名字が」
「やーだ。私は結婚してるんだから、名前は違って当たり前よ」
茶目っ気を混ぜた言い方に嘘はない。他の人には見せない親しげな態度や、調律師という立場なのに雑用まで押し付けられるのも、身内ゆえのことだったのか。
「ごめんね。よく奏多くんと仲良さそうにしてたから、てっきり知ってるものだと思ってたの。大変なヤツでしょ。愛想もないし、人付き合い下手なのよ」
「えっと……」
「でも、最近ちょっと話しやすい雰囲気になってたし。あいつってずっと前から奏多くんの演奏のファンだったから、話すようになれて機嫌良さそうだったのに。仕事に対して無責任な行動を起こすようなヤツじゃないから、なにか理由があるとは思うんだけど」
「あ……」
慶一の雰囲気が変わったこと、そしてこの行動の理由。うぬぼれかもしれないけれど、思わずにはいられない。
俺のせいだ……。
拳を握り締め、俯いた。
音楽教室の調律師を辞めようと思うほど、もう顔を合わせたくないのか。そう考えると、胸が痛い。わかってる、これは俺の身勝手だ。
「……奏多くん、ちょっと時間ある?」
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