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「うーん。勝手に喋ったら怒られるかもしれないけど、まあいっか。今年に入ってから急にね、私に話してくれたのよ」
「え、じゃあ、慶一さんの家族はみんな知って」
「ううん。知ってるのは私だけよ。私に話したことも驚いたけどね、だってもう三十よ? そこまでくれば一生隠し通すこともできただろうし、慶一は家も出て一人暮らしをしてたからバレるような事はそうないわ。だから、今になって打ち明けた理由を聞いたら、それが奏多くんだったのよ」
「俺?」
「そ。仕事先の生徒で、私の教え子。そんな子に告白しようとしてるから、あいつなりに筋を通そうとしたみたいね。慶一も焦ってたんじゃないかな、ほら奏多くんも来年には就職活動がはじまるでしょ。そういう時期に教室を辞めていく生徒は多いからね、奏多くんも辞めるかもって思ったんじゃないかしら」
自分に告白するために、カミングアウトまでしていたのか。その事実に、ただ胸が痛い。
「先生は、嫌じゃなかったですか。その、自分の弟がゲイだなんて」
「うーん。全然平気って言えば嘘ね。驚きもしたし、最初聞いたときはなんで今言ったんだ、って思ったわよ。墓まで持っていけってね。でも、慶一は真剣だったし、それに三十年間も誰にも言えなかったのかと思うと、……ね」
でもその結果、奏多くんには迷惑をかけたわね。と室田は優しい目で笑った。慶一に似ている、そう思った。
「私も身内の味方をしちゃって、奏多くんを困らせるようなことして、本当にごめんなさいね。慶一の事はもう忘れてやって。むしろ奏多くんは、いきなり三十にもなる堅物男に告白された被害者なんだから」
迷惑をかけてごめんね、身内のことに巻き込んでごめんね、練習の邪魔をしてごめんね。そう謝罪を繰り返し、室田は練習室を出て行った。
ぐるぐると回る視界の中で奏多はただ呆然と動けなかった。
違う。謝るのは俺の方だ。
結局、自分のことしか考えていなかった。慶一は真剣に自分と向き合おうと、想いを伝えようとしてくれていた。それから逃げたのは、奏多自身だ。そして、奏多の行動がこの状況を作った。
きっと、奏多の勘はあたっている。
慶一は、この恋を終わらせようとしているのだ。
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