プロローグ

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 それもそのはずだ。一浪した大学生の奏多より年下や同年代というのは見た目からして考えられない。基本に忠実に着こなされたスーツと、飾り気のないシンプルな眼鏡。ビジネスマンとしての清潔感と落ち着きを纏った容姿は、飛び抜けて格好いいと言うわけではないが、大人としての魅力を兼ね備えている。  そんな彼が、俺になんて言った? 「赤城さん、ですか。それで」 「慶一、と」 「……は?」 「慶一と呼んでください。できれば、私も奏多さんと呼ばせていただきたい」  すいません、あなたは何を言っているのでしょうか。  僅かに残った冷静な思考が問いかける。だが、それをそのまま口に出せないのは、彼の放つ雰囲気にのまれているせいだ。 「えっと、その」 「慶一です」 「慶一、さん」 「はい。なんでしょう」 「聞き間違いだったらすいません。あの、もしかして俺の事を好きだと言いました?」 「聞き間違いではありません。確かにそう言いました」 「そう、ですか」  そうですか、じゃないだろう。と冷静な自分が脳内ツッコミを入れる。  どう考えてもおかしい。聞き間違いではないのだとすると、この状況は告白現場だ。おまけに、告白されているのは自分のはず。それなのに、この状況はもっと別の何かに感じるのは、気のせいだろうか。  思わず周囲を見渡してしまう。 「これ、仕掛けたのは誰ですか? 岡崎? あ、もしかして信也?」 「仕掛けた、と言うのは?」 「これ以上とぼけなくていいですから。どうせ罰ゲームとかですよね? 三十にもなってそんなネタに乗っからないでくださいよ。あいつら、どっかで見てるんでしょ?」  音楽教室仲間であり、悪友の名前を口に出しつつ、周りをキョロキョロと見渡す。部屋の外から中の様子は見えない作りになっているので、カメラを仕掛けているとしたら室内だ。どうせスマフォかデジカメがムービーモードで放置されているはずだ。証拠を掴んで仕返ししてやる、と探したが見つからない。 「奏多さん」  硬質な声で呼ばれ、びくりと肩が跳ねた。おずおずと視線を向けると、慶一の眉間のシワが深さを増している。  できれば名前で呼びたいなどと言ったくせに、許可を得ずとも勝手に呼んでいるではないか。そう思ったが、鋭い目つきで睨まれたら、言い返す言葉が出てこない。雰囲気負けしている。
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