プロローグ

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「こちらは真剣にあなたに告白をしているというのに、ふざけた態度は止めていただきたい」 「だって、ふざけてるとしか思えませんよ。罰ゲームじゃないんですか? だったら人違いじゃないんですか?」 「私は、青木奏多さんに告白をしています」 「同姓同名と間違えてるんじゃないですか? 念のため言っておきますけど、俺は男ですよ!」  不本意な話だが、奏多は女性に間違われる経験が片手では数え切れないほどある。パッチリと開く二重瞼と、それを縁取る長い睫毛。一度も染めたことがないのに色素の薄い髪は、柔らかくさらさらと揺れる。おまけに骨格の細い華奢な身体つきのせいで、後ろ姿は完全にちょっと平均より背の高い女性だ。友人に男である事が惜しいとさえ言われたこともある。  だが、大学で勝手にミスコンにエントリーされようが、学祭で女装してピアノを弾かされようが、奏多は正真正銘の男だ。  ふざけるのもいいかげんにしろ、と睨みつけると、慶一は眉をピクピクと揺らし、憤りの塊ような息を吐いた。 「青木奏多さん。五月五日の子どもの日生まれ、二十二歳。一浪して大学の経済学部へご入学。ここ、サクマ音楽教室に幼い頃から通い、数々の音楽コンクールで入賞。ご実家は吉原商店街の老舗の豆腐屋で、姉がお一人。青木家のご長男で、正真正銘の男性」  淀みなく慶一の口から語られた自分のプロフィールに足先から頭まで震えが走った。一切狂いのない正確なプロフィールだ。なぜ、はじめて会話する男の口から自分の情報が出てくるのか。 「す、ストーカー……」 「失礼な。ストーキング行為など一切しておりません。サクマ音楽教室に伺っている間に、自然と耳に入った情報です」  確かに、サクマ音楽教室の先生はほとんどが女性で、プライバシー? なにそれ? と言わんばかりの勢いで人の情報はよく広がる。おまけに、奏多は二十年近くこの教室に通い続けている古株的存在だ。昔から居る先生には息子のように、新しく入ってきた先生には弟のように接してもらえるほど打ち解けてもいる。  だからといって、たまたま耳にしただけの情報を正確に覚えているものだろうか。いや、そんなはずはない。少なくとも奏多なら、偶然他人の誕生日を耳にしたとしても、数分後には忘れている自信がある。 「好きな人の話なのですから、覚えていて当然でしょう」  違う、そんなの当然なはずがない。
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