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自然と慶一と距離を取るために後退りを続けていたが、狭い練習室ではあっという間に壁際だ。実際のところ慶一は最初の場所から一歩たりとも動いていない。それなのに追い詰められている。もうすでにロープ際だ。
「おかしい。絶対におかしいって。俺は男で、あんたも男だよな。もしかして、その見た目で実は女ですとか言わないよな。慶一じゃなくて、実はケイコちゃんですとか言わないよな」
「そんなこと言うわけ無いでしょう」
「だ、だったら尚更おかしいって! 男同士だぞ男同士!」
夢なら今すぐ覚めてくれ。今ならドッキリ看板も大歓迎だ。
動揺しすぎたせいで、一応使っていた敬語も飛んだ。だが、相手はまったく気にした素振りもなく、むしろ尊大な態度で奏多を見下ろした。
「では聞きますが」
言いながら、長い脚で一歩ずつ慶一が奏多に近づいてくる。狭い室内を長い脚で歩くと、たった三歩で慶一は奏多の眼前だ。
「あなたは人を好きになるとき、相手が男か女かを意識して好きになりますか? 同性だから好きにならないとか、わざわざ考えますか? 考えませんよね。好きになったらその人の事が好きだと、恋愛感情とはそもそもそういうものでしょう。ですから、私は奏多さんを好きだと言っているのです。それに対しての返答を求めているだけです。さあ、答えなさい」
違う。これは告白じゃない。これは、誘導尋問だ。
逃げ道など最初から用意されておらず、理詰めと言う名の誘導尋問であり拷問だ。
慶一の眼鏡に映った自分の情けない姿に、夢なら今すぐ覚めろと奏多は心から願った。
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