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センサーみたいだと思いながら、そんな言葉はまだ知らないかもしれないとおかしくなる。なにしろ彼はずいぶん長く眠り続けていたのだから。
そうこうしているうちに、尚の頭痛はすっかり消えていた。
――オレならいいんだぞ。朝までに戻ればいいから。
大きな手は案ずるように背中を撫で続けている。そのぬくもりに浸りながら、尚は「大丈夫だよ」とかぶりを振った。
本当は彼の言葉に甘え、今すぐ広い胸に抱き締めてほしかった。ただそばにいて、他愛ないおしゃべりをするだけでもいい。星緒が住む町を離れてから、数週間がたっていたのだ。
けれど「朝まで」では我慢できなかった。せっかく星緒と過ごすのなら、もっとずっと一緒にいたい。朝日だけでなく、夕焼けも月も星も、彼の隣で見たかった。
「あのね、星緒。僕、来月の連休、そっちに行くから」
――ほんとか?
「うん。絶対行くから、待ってて」
――尚!
ふいに胸の前へ両手を回されて、背中から強く抱き締められた。
――待ってる。楽しみにしてる!
がっしりした胸板の感触に、尚の頬が熱くなる。
「僕もたのし――んっ!」
全部言い終わる前にクルリと身体の向きを変えられて、いきなり唇を奪われた。
「ん、う……ん」
ごく軽いタッチで、柔らかなぬくもりがリズミカルに触れては離れ、尚の脈を容赦なくかき乱す。けれど広い背中に手を回しかけた時、星緒の唇はゆっくり離れていった。
――続きは、その時な。
泣きたくなるくらい優しくて、かつては夕焼けの色をしていた瞳が少しずつぼやけていく。愛しい恋人の笑顔や感触がすっかり消えてしまうまで、尚はその場を動くことができなかった。
「ほし――」
呼びかけた名前をなんとか封じ、尚は「ったく」と苦笑する。
「そうだね。続きはその時に」
答える声はなく、窓の外ではすでに小鳥たちがさえずり始めていた。確かにキスに酔いしれている場合ではない。
尚はそっと唇を押さえ、一瞬だけ星緒の名残を追いかけた。それからかぶりを振ると、大きく伸びをして、再びデスクの前に座る。
尚の新しい一日が、また始まろうとしていた。
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