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部屋の隅、ハンガー掛けのところにはどこで入手したのか分からない電車の吊革と……その真下に薄い姿見の鏡が置いてあった。先生はそのすぐ傍に座ってスケッチブックと鉛筆を手にしている。
「ああ、あとこれね」
「う……」
以前、「先生からの目線がはずかしい」と訴えていた(らしい。情事の最中で、私は全く覚えていない)私のために、いつからか真っ黒な目隠しが用意されていた。私がそれをつけると、三山さんが私の腕を掴んで……きっと、その姿見の前に立たせたのだろう。
「中野さん」
「ひゃっ!」
三山さんが私の耳元で囁く。じっとりと湿っていて、頭の奥にまで響く様な深く低い声だ。
「『サラリーマン役』の俺が、『女子高生役』の中野さんの体を後ろから触って……最後はそのまま立ちバックっていう流れだから。最初はちょっと嫌がって欲しいんだって、ただ最後の方がちゃんと気持ちよさそうにしてよね」
「そ、そんな段取りの打ち合わせいらないですから、とっとと終わらせましょう?」
私の声が震える。三山さんがわざとらしく、私の耳にふっと息を吹きかけた。
「やぁ……っ!」
「いいの? 編集がそんな事言ってさ……先生がイイ作品を作るためなんだから、頑張ってよ。それも仕事なんでしょう?」
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