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千代、と名前を呼ぶ声で我に返る。いけない。仕事中なのに、ぼんやりしていた。
「彼氏さん、玄関まで来てるわよ」
と同僚の山下が言う。
ちらりと目をやると、背の高い男性がこちらを見ていた。
「ごめん。ちょっと行ってくる」
はーいと言う声を背に、小走りで走り寄る。
「愁!」
名を呼ぶ前に、彼は笑顔になっていた。
「ごめんな、仕事中に。はい、これ」
差し出された彼の右手には真っ白な封筒が握られていた。
「式の招待状。出来上がりがすごく綺麗だったから早く見せたくて」
「本当。すごく綺麗」
愁はふいに私の手を掴み、自身の鼻に近づけた。
「バニラの香り」
そう言って私の手を握り
「このハンドクリームのおかげかな?千代の手はいつもスベスベだ」
と笑う。
「それにしてもよく司書なんて仕事に就こうと思ったよな。俺なんて一日中本に囲まれてると目眩してくるのに」
子供っぽく言うこの人といると、幸せな気持で満たされる。やっぱり私の王子様だ。
結婚式は3ヶ月後の土曜日。
その日、私は29歳になる。
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