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夕方の17時過ぎに担当者と別れ、オフィス街を一人、帰路へと向かう。
もう街は薄暗くなりつつあり、足元から寒さが増していくようだ。
結局、次回の連載とは別に、新しい連載を持つことになってしまった。
あの日の色彩は、薄いベージュ色のトレンチコートで隠れて、今は見えない。
いつものわたしに戻り、あの感情がひっそりと闇に紛れてしまった。
左手の傷跡のことなど意識下にもなく、右手に持った封筒の重みと鞄の赤のエナメルが現実だ。
「少し重い」
わたしは一人事を言い、鞄の持ち手を気にする。
まだ幼い10代の頃の自分には無い感情を持つ今のわたしは、どのように写っているのだろうか
たくさんの大人達の中で、裸で一人立ちつくしていたあの頃の自分。
お金が空を舞い、それを拾う自分と、同じ空間にいる幼い彼等。
拾ったお金を持ち、見上げた空は、漆黒のガラス張りの空間で、そのお金は自分達には与えられたものではなかった。
そこでは大人達からはこう呼ばれていた。
売られた子羊と。
大人の事情で、親の都合で売られていく子供達。
彼等の行く末はわからない。
そして、わたしが今どうしてここにいるのかもわからない。
すべては親と14歳の前の記憶を無くしたから。
助けられたわたしは、今は28歳になる。
残る手がかりは、左手の傷跡と、心の疼きだけだ。
そしてこの左手が、何かを急き立てられるかのように、やけにザワザワする。
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