12人が本棚に入れています
本棚に追加
第一章 クレディアナ帝国
Ⅰ
「――広い…」
御前試合当日。カイトはクレディアナ宮殿内の廊を進んで片っ端からドアを開いて中を覗いては御前試合出場者の控室を探して居た。
『うちの城とカルヴァーンの城合わせてもまだ…何十倍はあるだろ――』
薄暗い廊を暫く進むとようやく視界が開けて、左手に噴水が見える渡り廊下に出た。
此処にも人影はない。
右手の部屋の内は、大きな一枚板の硝子窓の反射で様子を伺うことはできない。
そしてその窓には、宿敵クレディアナ皇帝ライオネルの居城である天守が映って居る。
『俺が行くまでは、誰にも殺られるなよ』
物騒な決意を新たに確認したところで。会場まで着かないことには何も始まらない。
「なんだよこの城――誰か居ないのか!」
叫んでも応答はなく。声は空しく中庭で反響するだけ。
石畳の廊下に座り込んだカイトは、誰かが通るのを待つことにした。
耳を澄ませても中庭の噴水の水音が聞こえるばかりで人の気配すらないから、
此処は皇帝の居城ではなく空の城ではないかと疑い始めたところに。
――カツ、カツ、カツ…
水音に紛れた小さな反復音が次第に大きくなって、
――やがてそれが小刻みな高い靴音であると判別できた頃、カイトの来た廊下の暗がりからこちらへ歩み寄ってきたのは高いヒールのブーツを履いた少女だった。
「よかった!なあ、御前試合の…」
カイトはこの城に入ってようやく遭遇した人物であったから安堵の声とともに呼びかけたけれど。
少女は歩みの速さを緩めることはなく、きつい視線で一蔑しただけで、靴音を響かせカイトの目の前を走り去ろうとした。
「おい、待てよ!」
カイトは座り込んでいた石畳の床から慌てて立ち上がるとその後を追いかける。
少女は変わらない速さのまま、
「急いでるのが見てわからないの?―試合が始まっちゃう」
早口で答えを返し、五月蝿く追い縋ってくる男を振り切ろうと駆け出した。
カイトは反射的に少女の手首をつかむと引き留めて。
「丁度良い。御前試合の控え室を探してるんだ、何処か教えてくれ」
「――だから、私も其処に行くのよ!」
急に掴まれた手を苛立たしげに振りほどくと。逆にカイトの腕を取って歩き始めた。
確かに少女の出立は年相応の少女とは程遠く、お世辞にも可愛らしいとは言い難い。
最初のコメントを投稿しよう!