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恋は突然やってきた。
もちろん人に話して聞かせるつもりはないけれど。
入学初日の高校のグラウンド。 サッカーゴールのポール横にひざまずき、腰を折るような体勢でスパイクの紐を結んでいた、その姿。
ふりそそぐ陽の光に反射し、時おり銀色がかってきらめく黒髪。 白いユニフォームの背に浮きでた肩甲骨が、二枚の翼のように美しく隆起する。 パンツからのぞく筋肉は引き締まり、そこからすらりと伸びたふくらはぎに紺色のソックスが映えていた。
晴れ渡った青空のもと、目に映るもの全てがまぶしく輝く。
息をのんで立ち止まり、釘付けになったまま見つめてしまう。 ただ、ぼんやりと。
ふいに吹いた強い風にのって、あたり一面に花びらが舞い散った。 私の頭上で揺れる桜の枝が、はらはらと繰りだす淡いピンクの花吹雪。 それが、その人の髪に肩に桜色の雨を降らす。
花びらの飛んできた方向を見定めるかのように、うつむいていた顔をあげる相手。 軽く周囲を見回して、ピタリと動きが止まる……私の視線とぶつかった瞬間。
戸惑うことすらできなかった。
澄んだ黒い瞳に真っすぐ見つめられ、まるで金縛りにあったよう。 目をそらせなくなる。
短めの前髪の下、涼しげな目元とすっきりとした頬。 全体的に細めの顔立ちが、軽く日に焼けた肌の色のせいで、余計に凛々しく引き締まって見えた。
きっと見とれていたんだ、私。 吸い込まれそうだと感じるくらいに。 泣きそうなくらいに。
そんなふうに見つめ合ったまま、どれ位の時間がたったのか。 気づけば顔が熱くなって、心臓がばくばく音をたてていた。
はっと我にかえり、慌ててうつむき、そのまま固まってしまって。 それ以上どうにもできなくなる。
フィールドから掛けられた声。 弾かれたように立ちあがり、その人がボールに向かって駆け出していくまで、私はずっと顔をあげられずにいた。
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